リズムよく経営するセンス(原田英治)
英治出版創業20年目の節目に、生活の拠点を島根県・海士町に移した著者。地方創生の先進地として知られ、全国から大勢の人が訪れる海士町での暮らしは、経営者としての思考や価値観にどんな影響をもたらすのか。1年にわたる島暮らしでの気づきを綴る。
連載:離島から会社を経営する
島の飲み会とローンチパーティーの共通点
直会(なおらい)をご存じですか? 祭りの後に御神酒や供え物を、神職や参列者で頂く儀式。この本来の意味が転じて、現在では祭りや催し物の参加者に感謝したり労をねぎらう飲み会や打ち上げという意味で使われています。
海士町にやって来てもうすぐ半年。振り返ると、この「直会」付き行事が多いことに気づきます。地区の祭りや隠岐神社での綱引き大会といった神事、奉納の行事、さらにはソフトボール大会や職場の大掃除の後にも直会が。
いまの海士町での直会の意味合いを教えてくれたのは、地域活性化や企業研修で活躍する株式会社巡の環の岡部有美子さん。話を聞くと、彼女は前職のIT企業で経験したプロダクト完成時のローンチパーティーと、海士町の直会に共通点を見出しているようでした。
一所懸命働き、プロダクトが出来あがり、普段よりちょっと豪華なローンチパーティーで完成を祝う。プロジェクトの終了をパーティーで締めくくることで、苦労が報われ、次のプロジェクトへのやる気がわいてくる。これと同じような役割を海士町の直会に感じているようで、彼女は直会が好きなのだそうです。
経営者の役割って何だろう?
岡部さんからこの話を聞いて、僕はもうすっかり反省してしまいました。英治出版を経営する中で、特にここ数年は各メンバーが自律的に行動できることを期待するあまり、パーティーを承認欲求の現れのように思い、派手に祝うことが格好悪いと思っていたことに気づいたのです。プロジェクトに区切りをつけ、「祝う」「労をねぎらう」文化をあまり築いてこなかった。
創業期はご褒美的な社員旅行もしていましたが、社歴を重ね、僕の年齢もあがり、だんだんと派手なことへの関心や実現させるエネルギーが落ちていたのかもしれません。しかし、そもそも社員旅行のように年に一度とかではなく、もっと仕事の区切りを頻繁につけることで会社にリズムが生まれる可能性に注目していなかったことを、いたく反省しています。
充実した仕事ができる環境を整えるといった仕組みづくりこそが経営者の役割と思ってきました。それが間違っているとは思いません。でも私は「職場環境の整備とは制度設計などの静的なもの」と、狭くとらえていたのかもしれません。
仕事は動的なもので、メンバーや取引相手の心の動き、市場での競合関係やマクロ的な経営環境も刻々と変化しています。仕組み作りに意識が集中するのは、職場を静的にしかとらえていない証拠。……こりゃ全然だめだ。
社員数が増えて組織階層ができ、取引先数も多数となれば、すべてを動的に把握するのはもちろん不可能。しかし、全体を同時にとらえることは不可能でも、一部ずつであれば可能なはずです。
それなのに、一部と接することで得られるものを自分の重要な仕事と考えてこなかった、もしくは仕事の成果に数えてこなかったことを大いに反省。つまり、英治出版メンバーとの会話を楽しんだり、飲み会などを企画したり、職場にリズムを作ることに自分は貢献したい、その中に重要な仕事が隠れている、と思ったのです。
職場での何気ない会話など、動きの中で起こるものは、全体で共有しづらく、見えづらい。そういう見えづらい仕事の価値を、海士町の直会の話が思い出させてくれました。
社会や職場は動的なシステム。頭でばかり考えていると、会社のリズムに意識がまわらなくなるのかもしれません。会社を進化させるには、立ち止まって、思考する、言語化する、未来のよりよい姿を描いていくことが大切。会社を順調に運営するには、会社のリズムをとらえることが肝要。
経営理念を磨く時間だけでなく、リズムよく経営するセンスを調律するうえで、海士町での生活が役に立ちそうです。そして、ここでの経験が活きて、英治出版の各メンバーに心地よいリズムが流れ、英治出版が美しい音楽を奏でる会社になれたら最高です。
原田英治(はらだ・えいじ)
英治出版株式会社 代表取締役。1966年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、1999年に英治出版を共同創業。創業時から「誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する」をモットーに、応援ビジネスとして出版業をおこなっている。企業や行政、自治体、NPOなどでの講演も多数。第一カッター興業社外取締役、AFS日本協会評議員、アショカ・ジャパン アドバイザー。(noteアカウント:原田英治)