『ビジョンプロセシング』より「はじめに」全文公開
はじめに
「捉えどころがなく、先行き不透明な時代の中にあっても、しなやかさをもって歩み続けていくために、私たちに本質的に問われていることは何だろうか?」
これが本書の中核をなす問いです。
「環境の変化が激しさを増している」
「変革なくして明日はない」
「イノベーションは喫緊の課題だ!」
このような「環境が変化しているのだから、今すぐ変わるべし」というメッセージは、何十年も叫ばれ続けており、もはや何の目新しさもありません。その反動からか、特に2010年代以降は「自分らしく生きる」という言葉への共感が広がっているように思います。中には「頑張って変化や成長をしても何の意味もない」と冷笑する向きもあります。
もちろん、「他者と比べずに、自分の個性を大切にしながら自分らしく生きること」は、心にゆとりを持って充実した人生を送るうえで欠かせない要素です。
しかし、気候変動による豪雨災害や干ばつ、地政学的な不安定さは私たちの暮らしを脅かし、テクノロジーの急速な進化によって格差も広がっています。つまり、どこに暮らしていても逃げも隠れもできない影響が誰の身にも迫っているのも確かです。
自分らしく生きることが「無理をしない」という意味で語られてしまうと、「そんなに現状は甘くない」「ゆるく生きたツケは誰が払うのか?」という耳をふさぎたくなるような不安の声も、心のどこかから聞こえてきます。
だからといって、次のような問いに正面から答えられるような言説はあまりありません。
「激動する環境変化の中で、変化するとはいったい何をどうすることなのか?」
「変化しなければいったい何が起こるのか?」
「そもそも、自分らしさと変化を両立させることはできないのだろうか?」
本書は、私自身が1人の生活者として、職業人として、経営者として、地球市民としてこうした問いと向き合いながら、1つひとつ自分なりに言葉を紡いで生み出したものです。
私は20年以上にわたり、リーダーシッププロデューサーという肩書で、個人・法人向けにリーダーシップ開発と組織開発のお手伝いをしてきました。言い換えれば「人と組織の進化を支援する仕事」です。その現場において、ただサービスを提供するだけに留まらず、環境変化の激しさの中で翻弄される人々の悩み、愚痴、不平不満、不安、悲しみ、そして喜びに、直接触れ続ける日々を過ごしています。
つまり、否応なく上記のような問いに向き合わざるを得なかったのです。
従って、本書でご紹介している考察の1つひとつは、机上で積み上げた理論というよりは、自分や誰かの悩みと向き合いながら、実際にさまざまな人に語りかけ、対話し、相手や自分の心に実際に響いてきたことが土台となっています。
「ビジョンプロセシング」とは、いかなる環境・状況であろうとも、自分自身や周囲の主体性と創造性の解放を可能にする姿勢と手法です。
言い換えれば、答えの見えない激しい環境変化において、たどり着くべき「ゴール」としてビジョンと向き合うのではなく、先行きが見えなくても、力強く、しなやかに、そして情熱をもって前進し続けられるように「プロセス」を充実させるものとしてビジョンと向き合うための姿勢と手法です。
ここに書いてあることが答えだというつもりは毛頭ありません。ただ、「そう考えてみる価値はあるかもしれない」と、試しに思考をめぐらせてみてもらえれば本望です。
本書では、主に経営者やチームリーダーなど、組織において何らかの責任を負った立場にある方や、日々現場で悪戦苦闘するビジネスパーソンを念頭に書いているので、組織運営に偏った内容に見えるかもしれません。
しかし、根底にあるテーマは「自分らしさとリーダーシップの統合との実現」です。捉えどころのない時代の中であっても、誰かと手を携えながら、唯一無二の存在として自分の人生を全うしていきたいと願うすべての人々への、私からのエールです。
本書は情報収集、知識・教養を増やすためというより、新たな方向性を見出したい、あるいは行き詰まっていて藁をもつかみたいとき、言い換えれば「滞った流れに何らかの方向を与え、流れをうねりに変えていきたい」という願いを心の奥底で持ったときに、手に取ってもらえる書籍を目指しました。
本書が末永く皆様のお役に立てることを、心より願っています。
本書の構成
本書は全9章で構成されています。複雑な問題に対して幅広い視点からさまざまな考え方や方法論を提示しており、すぐに消化しづらいと感じるものもあるかもしれません。そのため、ここでは全体のつながりが見えやすいように、各章の概略をお伝えします。
第1章 環境変化の激しさの本質的な意味とは?
「環境変化の激しさ」はよく聞くものの、その本質について丁寧に語られることはあまりありません。第1章では、「そもそも環境変化が激しいとは何を意味するのか?」について考察を深めていくことにより、私たちが現在、どんな時代を生きており、これからどんなことを強いられ続けていくことになるのか、その仮説をご紹介します。
「クネヴィンフレームワーク」や「VUCAワールド」といった理論や概念の意味を説き明かしながら、激しい環境変化の本質に迫ります。
コラムでは、最重要キーワードである「VUCA」とはいったい何なのか、そして、なぜ現代はVUCAワールドであるといえるのかについて解説します。
第2章 私たちは、どんな変化を強いられているのか?
環境変化の激しさは、確かに私たちに変化を強いています。一般的には、「自分たちが変化する=何かの行動を変える」と解釈がされるのではないでしょうか。しかしそう捉えると、「本当のところ、何を変える必要があるのか?」を見落としがちです。第2章では、第1章で解説した環境変化の本質を踏まえて、私たちに何が問われているのかを探究していきます。
そして、未来との向き合い方について、従来のアプローチである「ゴールセッティング」に対する新しいアプローチとして「ビジョンプロセシング」を紹介し、その原理と3つのパラダイムシフトについて概観します。
コラムでは、ビジネスシーンでよく使われてきた「時間管理マトリクス」の、変化の激しい時代における新たな意味を解説しています。
第3章 ビジョンプロセシングの原理
第3章では、本書の根幹をなすビジョンプロセシングの原理について説明します。まず、「どんなに先行きが不透明で、環境や状況に翻弄される状態であろうとも、創造を可能にするために求められることは何か? それはなぜ、重要だといえるのか?」という問いについて考察します。
「本当に大切にしていることを存在させようとする」は、その問いに対する1つの答えです。この言葉だけだと抽象的すぎるので、「心の羅針盤」と「本質的な課題」という2つの要素に分けて説明しています。
ビジョンプロセシングの原理は、日々の状況に対する新たな視点を提供し、創造を可能にするものです。それだけでなく、問題を根本的に解決できない応急処置の無用な繰り返しや、自らの首を絞めるような行動パターンからの脱却を図るヒントを提供するものです。
この原理は、次章以降でもたびたび登場する重要概念となります。仮に一読で理解できなくても、まずは他の章を読み進め、各所にあるワークを実践してみてください。その後に第3章に戻ってくると、また違った視点から理解を深められるのではないかと思います。
コラムでは、「パーパス経営」を取り上げます。パーパスを掲げる企業が増えている一方で、その本質が見落とされているために、パーパスが手段化しているケースも多くあります。そうならないためのポイントを考察します。
第4章 本当に大切なことⅠ 心の羅針盤
第4章ではまず、私たちを問題処理に陥らせる「やらねばサイクル」、創造的な活動の好循環を促す「やりたいサイクル」という2つのメカニズムを取り上げながら、なぜ心の羅針盤が必要なのかを説明します。また、単にやりたいことをやればいいというわけではなく、「やりたいか、やりたくないか」のジレンマを乗り越える考え方も提示します。
そして、やりたいサイクルを回し、やらねばサイクルから解放されるためにどこに働きかけるべきかを説明し、実践的な内省のためのワークもご紹介します。
コラムでは、「やりたい/やらねばサイクル」に深く影響する考え方である「本来の自己/役割の自己」を詳しく説明します。
第5章 本当に大切なことⅡ 本質的な課題
私たちは、物事の「症状」に目を向けて、いわゆる対症療法的にその症状に対する直接的な解決策を考えがちです。しかしもしその症状が繰り返されているのであれば、深層にあるより普遍的な課題を見出していくことが必要です。
第5章では、システム思考やインテグラル理論の知恵を借りながら、本質的な課題を見極めるためにどんな着眼点に立てばよいのか、またそれを見極めるために役立つ手法を紹介します。
コラムでは、インテグラル理論の4象限について活用上の観点を掘り下げます。
第6章 パラダイムシフトⅠ ビジョン
ビジョンプロセシングを実践に移していくにあたり、これまでのビジョンに適用されていたパラダイムを超え、新しいパラダイムで未来と向き合うことの意味をお伝えします。
それを端的に表現するなら、ビジョンを「たどり着くべき答え」として位置づけていたパラダイムから、今この瞬間の「プロセスに命を吹き込み、問いを誘発するもの」として位置づけるパラダイムへとシフトする、ということです。
また、ビジョンの定義を問い直したうえで、4つのビジョンを統合した「ビジョンクローバーモデル」とその探究法を提示します。
コラムでは、「自己起点のビジョン」と「他者起点のビジョン」の違いについて言及し、自組織の特性に合わせて自分たちの軸を確立することの重要性を整理しています。
第7章 パラダイムシフトⅡ プランニング
ピーター・ドラッカーは「不確実性の時代におけるプランニングは、未来を変えるものとして何がすでに起こったかを考える」と述べました。環境変化の激しい時代に問われていることを探究したうえで、従来型の「山登り型プランニング」の限界と、新しいパラダイムである「波乗り型プランニング」について紹介します。
コラムでは、未来と向き合う重要なアプローチの1つである「シナリオプランニング」について概説します。
第8章 パラダイムシフトⅢ チームワーク
「三人寄れば文殊の知恵」というがある一方で、「三人寄れば派閥ができる」と言われるほど協働は難しいものです。第8章では、なぜ協働が難しいのかという疑問から出発します。
そして、チームワークの新しいパラダイムとして「チーミング」を紹介します。「心理的安全性」という考え方を世に広めた功労者の1人であるハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソンが心理的安全性の高いチームのあり方として提唱したのが、このチーミングです。
そして、チーミングを機能させるためのメカニズムとして私が見出した「チーミングサイクル」と、その好循環を生み出すためのレバレッジポイントを紹介します。
コラムでは、協働するうえで重要となる当事者たちの意味づけをどのように考慮するかという視点から、「文脈」と「文脈思考」について解説しています。
第9章 ビジョンプロセシングの実践手法SOUNDメソッド
最後の章では、ビジョンプロセシングの原理と3つのパラダイムシフトを統合的に実践する手法として「インテグラルチーミング手法 SOUNDメソッド」を紹介します。まず、従来型のPDCAサイクル、最近注目されるOODAループ、そしてUプロセスの比較をしながら、それぞれの課題を克服するべく開発したSOUNDメソッドの概要と5つのコアステップについて解説しています。
5つのコアステップについては、具体的にチームでどのように進めていくかのファシリテーションガイドも掲載しています。ビジョンプロセシングの原理と3つのパラダイムシフトとの関連性に適宜触れているので、基本的にはそれ以外の章を読んでから実践するほうが効果的です(もちろん、まずは試してみたいという方は本章から読み進めてもらっても構いません)。
ビジョンプロセシングは、「まずはやってみる」を繰り返すことで、頭での理解だけでなく身体感覚として新しいパラダイムを少しずつ体得していくことができるようになります。ぜひ、日々のチームミーティングや組織開発、また個人の内省に取り入れてみてください。
コラムでは、タイムパフォーマンスと呼ばれる「時間対効果」が問われる時代において、対話が抱えがちな限界とそれを乗り越えるための着眼点を紹介しています。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行等を加えています。