『ファイナンスをめぐる冒険』より「監訳者まえがき」を公開!
こんにちは。
ファイナンスをめぐる冒険へようこそ。
「会社を始めるから元手となる資金を調達したい」
「事業が成長してきたので、次なる成長のための資金が欲しい」
起業家・経営者であれば、誰しも向き合うことになるのがファイナンス。ところが未来を明るくさし示すピカピカのビジネスモデルや、社会的インパクトを生み出すまで絶対にやり遂げるというコミットメントがある方はたくさんいる一方で、ファイナンスにまで長けた起業家・経営者は少ないのが現状でしょう。
未上場/非上場企業のファイナンスの選択肢と言えば「デット(銀行融資)」か「エクイティ(エンジェル及びVCによる投資)」の2つ、それにせいぜい助成金の活用があるくらいで、他の選択肢はほとんど知られていません。
このことは本書のイントロダクションでも触れられており、海外も日本も状況は変わらないということでしょう。勘の良い方から「つまり、可能性しかないということか」という声が聞こえてきそうです。
この本が提示する多種多様なファイナンス手法は、現在の少々退屈なファイナンスの在り方を一変させ、「このような形もあり得るんだ」「この手法なら無理なく資金調達できそう」などという希望を与えてくれるでしょう。
起業家・経営者はもちろん、彼らを応援したいと思っている資金提供者にも新しい選択肢や気づきをもたらし、両者が長期的に手を携えて、共に美しい未来を創造していく可能性を秘めています。
改めまして。英治出版と共にこの本の出版を企画し、監訳をつとめた株式会社ゼブラアンドカンパニーの田淵良敬と阿座上陽平です。
私たちは社会性と経済性を両立する会社を「ゼブラ企業」と呼び、そういった会社を増やしていくために、投資や経営支援などを行なっています。短期間に急成長を遂げる企業を「ユニコーン」と表現するのに対して、長期的に社会的インパクトを生み出しながら成長するのが「ゼブラ企業」です。
本書にはそのような「ゼブラ企業」がたくさん出てきます。
著者のオーニー・パットン・パワーは、ゼブラ企業をエンパワーメントする世界的な組織でゼブラアンドカンパニーのパートナーでもある「Zebras Unite」に関わっています(その日本支部は私たちが運営しています)。
それゆえ本書には、社会性と経済性を両立する事業の事例が多く登場し、その成長や収益性、経営者の哲学や企業のパーパスに合わせたファイナンスのあり方が綴られています。ユニコーンのためのVC型ファイナンスや、これまでの一般企業向けの銀行融資でもなく、VC型ファイナンスではイグジットの可能性が低いとされてきた社会的企業向けに創意工夫したファイナンス手法の集積なのです。
では実際にどのような手法があるのでしょうか? ざっと挙げるだけでも、コンバーティブル・デット契約、将来株式取得略式契約(SAFE)、メザニン・デット、償還可能株式、レベニュー・ベースド・ファイナンス(RBF)、返済免除条件付融資、転換権付助成金、エクイティ(株式投資型)・クラウドファンディング……。エクイティ、デット、助成金、クラウドファンディングの中でもさまざまな種類があり、それらを組み合わせた多種多様の手法があるので、まさに選択肢は無限です。
実際に日本でも、オルタナティブなファイナンス手法にチャレンジしている企業が既に出現しています。例えば海藻養殖のスタートアップである合同会社シーベジタブルは、本書の第3章でも説明している「サプライチェーン・ファイナンス」という手法を活用しています。
彼らは磯焼けによって減少している海藻を、環境負荷の少ない陸上栽培と海面栽培によって蘇らせ、海藻の新しい食べ方を提案していますが、その施設を作るためには初期投資が必要です。ところが合同会社なので株式による増資の選択肢がなく、金融機関からの借入も株式会社よりハードルが高い。そこで、海藻の仕入れ業者に先行投資分のお金の一部を借りて長期の売買契約を締結することで、商品を供給しながら返済するという「サプライチェーン・ファイナンス」を利用しているのです。
海藻の仕入れ業者は気候変動により海藻の収穫量が減っていることから、資金力があっても安定した仕入れが非常に難しい状況に陥っています。一方でシーベジタブルは養殖によって、安定供給が可能という優位性を持ち合わせています。シーベジタブルは返済計画をもとに取り決めた期間に海藻の安定供給を行い、海藻の仕入れ業者はその期間に安心してビジネスを推進することができる。
さらに販路が確約できているので金融機関も融資しやすくなるということで、実際に彼らは地銀からの資金調達も実現しています。まさに理想的なファイナンススキームと言えるでしょう。
本書の版元である英治出版も事業承継の目的に沿う手法として、種類株の中でも拒否権をもつ「黄金株(拒否権付き株式)」を活用することで、パーパスや組織文化を守りながら株式譲渡を行うというスキームを、ゼブラアンドカンパニーが提案・サポートして実施に至っています。
ベンチャーだからエクイティ、事業会社だから銀行融資というような従来の前提を取り払い、さまざまな選択肢の中から、自分たちに一番フィットするファイナンス手法を選択して事業の成長をデザインしていくべきです。
特にスタートアップが資金調達を行う際、すぐにでもキャッシュが必要なので時間軸が優先になりがちです。またファイナンスの知識が乏しい場合、事業のステージ毎に発生するリスクや回避方法まで想定してから調達することはなかなか難しい。
そのため、後に出資者との齟齬が生まれたり、VCの意向が事業をドライブさせる足枷になったりして揉めてしまうようなケースも見受けられます。そのような場合、さもVCが悪者のように扱われることがありますが、そもそも他のファイナンス手法を知らずに、起業家・経営者が意思決定したことにも問題があるでしょう。
起業家・経営者と資金提供者の間で、まずはビジョンやパーパスに対する相互理解を深めることが大切です。その上でガバナンスを元にファイナンスの戦略を組み立ていく訳ですが、ファイナンスは事業が拡大するにつれてどんどん重要度が高まっていく傾向があります。ですから起業家・経営者の方々は、資金調達時には想像しにくいリスクが潜んでいることを認識し、ぜひ本書をもとにファイナンス手法についてインプットしてください。
本書の読み方ですが、一旦全体にざっと目を通してどんなファイナンス手法があるのかを俯瞰し、その上で興味のある手法について深掘りしていくと良いかもしれません。というのも、読み進めていくと所々で資金調達時における企業評価額や返済の目論見に関する数字が出てくるため、少し読みづらいと感じることがありそうだからです。
実務として評価額やコストの計算に携わる方でなければ、ひとまずは該当部分を飛ばしながら最後まで読んだ後、飛ばした部分をじっくりと読み返すようにしてみてください。巻末の用語解説も理解を深めるのに役立つでしょう。
本書によって新しいファイナンスの選択肢と出合い、自分たちらしい事業運営ができる起業家・経営者、そして企業の世界観やニーズを満たせるような資金提供を行う投資家・金融機関・財団等が増え、その相互作用で社会的インパクトを生み出していければ、より明るい未来が拓けます。
本書は単に多様なファイナンス手法を紹介するだけではなく、すべてのステークホルダーが共生して美しい社会を描き出すための指南書といえるでしょう。
本書が「お金とパーパスの接続性」やその「事業の持続可能性」について、セクターを超えて考え学び合うきっかけになることを願っています。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行等を加えています。