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『Compassion』の日本語版序文を全文公開します。

4月6日発売の『Compassion(コンパッション)──状況にのみこまれずに、本当に必要な変容を導く、「共にいる」力』。マインドフルネスにつづき、シリコンバレーで注目される概念「コンパッション」について説いた本です。発売を前に、監訳者の一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)の木蔵シャフェ君子さんによる日本語版序文を公開します。

自分や人も大切にしながら成果も出したい──そう望むもののどうしていいかわからず疲弊している。
相手やチームのために、ついつい自分を犠牲にしてしまう。
強い思いで取り組んでいたことがうまくいかず、落胆し、燃え尽きてしまった。

こうした状態は、日々仕事や社会活動をするなかで、誰しも体験したことがあるのではないでしょうか。正解や前例がない困難な事象に向き合わねばならないときほど、適切な行動の選択や、相手との関係構築、モチベーションの維持は、難しくなるものです。

しかし、どんな状況にあっても、その状況にのみこまれず、明晰な意思決定力、対人調整力、モチベーションを保つことができるようになる資質を、人は生まれながらにして持っています。それが、本書のテーマである「コンパッション」です。

このコンパッションを育む方法を解明した本書の著者、ジョアン・ハリファックス博士は、世界的に著名な人類学者、社会活動家であると同時に、禅の僧侶でもあります。

ハリファックス博士の講演を初めて聴いたのは、2014年サンフランシスコで開催されたWisdom2.0カンファレンスでした。3000人の聴衆が彼女から学ぼうと注目する中、これほどまでの人気はなぜかという好奇心も手伝って私も拝聴することにしたのでした。もちろんトピックは真のコンパッションについて。

コンパッションとは、日本語では一般的に「慈悲」「思いやり」などと訳されることが多い言葉です。当時の私もそれ以上のイメージを持っていませんでした。
彼女は、「コンパッションとは、自分であろうと他者であろうと、その悩みや苦しみを深く理解し、そこから解放されるよう役に立とうとする純粋な思いである」と力強く述べました。さらに端的に言えば、自分自身や相手と「共にいる力」であると。

そして本当に役立つには、ときには厳しくNoと言い、役立たない手助けや助言は控え、ときにはただ見守るしかできないことを受け入れることでもあると、本書のような様々な実体験のストーリーを交えて話してくれたのです。

しかも、コンパッションの実践はその対象に役立つのみならず、実践している本人の免疫力、幸福度、思考力も高めるというリサーチ結果も紹介されました。自己犠牲どころかWIN-WINをもたらすものであるというのです。まさに日本のリーダーが生き生きと力を発揮するのに不可欠だと確信しました。

同時にそもそも日本でも尊敬されてきたリーダー、経営者とは、コンパッションを体現し自社・自分の利益を大きく超えて、純粋に人に役立つことを目指した人々だったのだ──とはっとし、近年のマインドフルネスの広がりに加えて、コンパッションをあらゆるセクターで取り戻すときだと強く感じたのです。

以来、ハリファックス博士の生徒として末席に座するようになり、私自身起業家として道なき道を歩む過程で、何度もバランスを失いそうになった際に、彼女からの学びが灯台の光のように立ち直ることを支えてくれました。たとえ先が見えない弱り切った状態であっても、コンパッションを持って辛抱強く自分と共に在ることを、せっかちな私に繰り返し思い出させてくれました。

2018年よりは、ハリファックス博士とAWARE(アウェア:医療者向けプログラムはGRACEと呼ばれる)というコンパッションとリーダーシップのワークショップを日本で起こし、彼女の叡智を日本で広めるお手伝いをして参りました。その度に、「これらのプログラムの背景となる博士の人生経験や叡智を一冊にまとめた本はないのか?」と多くの方のリクエストをいただき、満を持しての本書の出版となったのです。

科学、宗教、医療、文学など多岐にわたる分野の豊かな知見を持つハリファックス博士の描くコンパッションを巡る景色は、多種多様な地形で構成されています。しかも、そこには彼女ならではの愛あるあたたかな眼差しがある──これらをできうる限り日本語でもお伝えできるよう、監訳に配慮しました。

著者のジョアン・ハリファックス博士は、先述のとおり、社会活動家、人類学者であると同時に、禅の僧侶という稀有の存在です。彼女の生き様と目覚ましい功績が、コンパッションの底知れない力の証しとも言えます。

毎年100名もの医療キャラバンを率いて、32日間ネパールの標高5000メートルにも至る崖道を、225キロ歩いて医療と資材を届ける。グーグルやアップル本社を始め世界中で精力的に講演活動を行いながら、年間何億円もの管理を要するウパーヤ禅センターの運営をリードする。これらを何十年もやり続けているのが、今年(2020年)77歳になる、この小柄な女性であり、それを可能にしているのがコンパッションに他ならないのです。

彼女の活動の多くは、極限ともいえる人の苦しみに向き合うものでありながら、ご本人に会うとその生き生きと優しく輝く目と、溢れる活力に驚かされます。年齢も性別も超越した、というか、老若男女全てを包含するかのようなあり方で、まさにコンパッションを支えとして自らの価値観・志を体現するとはこのことか、と心を揺さぶられるのです。

社会活動家として行ってきた僻地への医療支援、末期医療における介護者支援、刑務所での精神的サポートなどで実際に起こった感動的なストーリーの数々、人類学者としての科学的な鋭い洞察力とロジカルなフレームワーク、さらに、僧侶としての深い叡智と愛に溢れる眼差し──これらすべてが本書に散りばめられ、幾重にもなって私たちをコンパッションへと目覚めさせてくれます。

本書を手に取ってくださった方は、「自分の価値観をより反映させた働き方、生き方をしよう」という何らかの志がある方々ではないでしょうか。志を持つと人は、日々自分らしさを発揮することができるようになります。また志は、やる気や成長をもたらし、ひいては内側から湧き出る幸福感につながっていきます。しかし、同時に志と現状のギャップに葛藤を感じながら、ときには落胆や燃え尽きというチャレンジにも向き合わなくてはなりません。

この、志を持って生きる上で生じる幸福とチャレンジの微妙なバランスを、筆者のハリファックス博士は、彼女のいるサンタフェの豊かな自然になぞらえ、人生の景色における「崖の縁(エッジ)」と呼んでいます。英語でエッジ(Edge)とは、日本語の「崖っぷち」と、「他にない最先端のもの」、という両方を意味します。本書で崖とは転落の危険もはらむが人間的成長をもたらす見晴らしの良い高みとして用いられます。

崖から転落しないよう目と心を開き、たとえ転落してもかけがえのない成長に変容させ、再び幸福の頂へと戻る──そのための最も有効で重要な力として、ハリファックス博士はぶれることなく「コンパッション」を提言し続けています。

コンパッションは近年、健康、思考力、レジリエンスへのその素晴らしい影響が科学的に検証され、注目を浴びるようになりました。スタンフォード大学では、コンパッションの重要性を研究するCCARE(シーケア)という研究組織が設立され、ディレクターである神経外科医のジェームス・ドゥティ博士は、「コンパッションと明晰な認識力は、マインドフルネスの両翼であり、マインドフルネスにおいてはどちらも欠かせない」と述べています。

また、リーダーがコンパッションを持つことで、組織の心理的な安全性が高められるとも言われており、ビジネス系SNSで世界最大のLinkedIn社はコンパッションを原則としたビジネス展開で成功を収めるなど、様々な分野で彼女の長年の提言が広く認められるようになりました。

本書は、私たちがコンパッションを培い人生の様々な崖を乗り越える際、現実的に直面する五つの資質に分けてガイドしてくれる優れた指南書です。もし読者の皆さんが、志に向かいながらも崖の縁で不安を感じたり、崖から落ちて苦しみの中にあっても、本書は新たな視点と希望をもたらし、再び陽のあたる安定した高みへと導いてくれるでしょう。

本書で読み解かれるコンパッションを5つの資質とは、利他性、共感、誠実、敬意、関与──それぞれが、状況を打開して真に役立ちコンパッションを開花させる可能性と、行き過ぎたり誤った取り組みをしたりして、負の側面に陥る危険をはらんでいることを、実際の出来事やストーリーによって伝えてくれます。

始めから順番にお読みいただいてもいいですし、特にご自分がピンと来る部分、つまり大切に感じたり、バランスを崩しがちなところを選んで、そこからお読みいただいても良いよう構成されています。

5つの資質(利他性、共感、誠実、敬意、関与)は、一見とても崇高で一般的な生活者にはレベルが高すぎる、と思われるかもしれません。しかし、私たちの心に滋養を与え、日常的な困難やつまずきから立ち直らせてくれるのも、つまるところはこれらの人間的資質であり、そこから立ち上がるコンパッションであることを、本書を通してご納得いただけるでしょう。

落ち込んでいる友人や同僚にどう接すると良いか、また自分自身の苦しみの根源をより理解しそこから這い上がるには、などについてもぜひ本書から真に役立つ気づきを掴んでいただければ幸いです。

最後に、ハリファックス博士のGRACEプログラムの導入に多大なご尽力をされてきた村川治彦さん、井上ウィマラさん、中野民夫さん、藤田一照さん、栗原幸江さん、藤野正寛さん、恒藤暁さん、高宮有介さん他多くの皆様、日本語翻訳の多くのアドバイスをいただいた土居彩さん、佐藤良規さん、膨大な語彙や専門用語から翻訳を成し遂げてくださった海野桂さん、本書を日本で出版するにあたり全面的なサポートをくれた弊社MiLI(一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート)の同僚である荻野淳也と吉田典生、そしてプロデューサーとして辛抱強くご担当いただいた英治出版の安村侑希子さん、皆様お一人お一人のご協力がなければ、本書日本語版は実現できませんでした。心よりの感謝を申し上げます。ハリファックス博士ご本人にも、細部にわたるニュアンスの確認や、励ましを何度もいただき、監訳者として感謝に絶えません。

更には、AWAREとGRACEプログラムで出会ったご参加者の、それぞれのチャレンジに向き合い続ける真摯な姿が、本書で語られるコンパッションのストーリーと重なり、何よりのインスピレーションとなりました。皆様の勇気と根源的な人間性に深い尊敬と感謝をお伝え申し上げます。

本書が皆様のガイドとして、困難なときも喜びのときも、コンパッションの光を照らし、お役に立てることを重ねて願うばかりです。


(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行を加えています。

木蔵シャフェ君子(ぼくら・しゃふぇ・きみこ)
カリフォルニア・サンタクルーズ在住。ICU卒、ボストン大学MBAを取得後、P&G、LVMHなど外資系大手の有名ブランドにて、多数のブランドマネジメントを行い、香水、石鹸、スキンケアなどで高いマーケットシェアを獲得する。独立・渡米し、医療コミュニケーション研修会社経営の後、2013年、一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)創立。日本のビジネスにマインドフルネスを伝える先駆けとなる。
グーグルで開発され、世界的に信頼を得ているマインドフルネスプログラムSIYの日本人初講師として認定され、グーグル、SAP、フェイスブックなどでも活動。拠点をシリコンバレーと日本とし、グローバルな人脈と情報を橋渡しする。一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)理事。著書に『世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方』(日本能率協会出版 共著)がある。
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