『ロジカル・プレゼンテーション』 まえがき全文公開
提案の技術とは何か
「提案の技術」というと、いかにも地味で専門的な印象を持たれるかもしれない。ところがどうして、現在のビジネスの現場で、これほど必要とされる能力スキルはないといっても過言ではない。「提案の技術スキル」がないゆえに、どれほど多くの「優れたプラン」が具現化されることなく消えていったことか。
本書は、そうしたビジネス上の詰めの甘さを自覚し、提案を成功に導くための「技術」を明らかにしたものである。本書の内容は、ビジネスマンが価値の高い仕事を遂行していくうえで必須となる能力、すなわち、
●論理思考力──話をつなぐスキル
●仮説検証力──疑問に答えるステップ
●会議設計力──議論をまとめるスキル
●資料作成力──紙に落とすステップ
という必須基本能力のすべてを、「提案」という切り口で整理している(図0‐1)
あえて、いま流行になっている「問題解決」「分析」「プレゼンテーション」などの切り口でまとめなかったのは、
「論理的に考え、問題が解決できても、それを相手にうまく伝えられなければ意味がない」
「プレゼンテーションがうまくできても、話す中身がなければ意味がない」 という現実を痛感しているからである。
「正しく考える」能力と「正しく伝える」能力は、ビジネスマンにとって不可欠であり、両輪としてバランスよく身につけなければならないのだ。
論理思考やプレゼンテーション力を鍛えるのは、もちろん大事である。しかしそれは手段にすぎない。目的はあくまでも、それらのスキルを身につけることで、物事の理想の状態を考え出し、それを人に正しく伝えられるようになることである。その理想に向かって人が動き、変化することでビジネスが円滑に進むようになり、企業が、社会が、世界がよくなっていくことが重要なのだ。
本書の構成
次に本書の全体構成を説明しよう。
本書は、序章、第1章~第5章、最終章の合計7つの章で構成されている(図0‐2)。
また、各章は、「ストーリー」「解説」「まとめ(ポイント)」という構成になっている。
「ストーリー」は、みなさんに現場のリアルなイメージをつかんでいただき、問題の所在を実感していただくために配した、架空のビジネスストーリーである。「解説」は、ストーリーのなかで起こる出来事を題材にして、問題点と対処法を詳しく解説している。「まとめ(ポイント)」は、解説のなかで最も重要なポイントを要約したものである。次に、各章について概略を解説しよう。
序章 この章はストーリーのみである。このストーリーには、二人の主人公が登場する。ひとりは、京都にある上賀茂(かみがも)製作所というメーカーに勤務する中山さん。もうひとりは、東京のプレセナコンサルティングのコンサルタントである戸崎さんである。序章では、中山が社長から、困難が予想される新規ビジネスの立ち上げを命じられるところから始まる。中山は、新規事業をなんとしても成功させるため、コンサルタントの支援をあおぐことにする。
第1章 「提案しなければならない」局面に立たされたとき、我々はどうすべきなのか。ここでは、「提案の技術とは何か」を解説し、提案に際しての、基本的な技術について解説する。
第2章 「論理思考力」を使って、提案内容を筋道立てて構成していく技術を解説する。
第3章 「仮説検証力」を使って、相手の疑問を打ち消していく技術を解説する。
第4章 「会議設計力」を使って、議論をまとめていく技術を解説する。
第5章 「資料作成力」を使って、説得力にあふれた文章や図表を作成する技術を解説する。
最終章 困難な試練に体当たりしていった中山と戸崎を待ち受けているのは、どのような結末になるのか……ストーリーの最終話である。
提案の技術は誰にどう役立つのか
さて、実際に本書が誰に対して、どのような局面で役に立つのか、本書の特長を整理してみよう。
1 中堅ビジネスマン
企業の内外で、提案する局面に最も多く立たされると想定されるのが、この層の方々である。この方々には、ほぼ全章が役に立つと思われるが、特に役立つのは第3章の「仮説検証力」と第4章の「会議設計力」である。
「仮説検証力」は相手のニーズを汲みとるスキルそのものであるから、客先その他外部との交渉や上司との打ち合わせ、さらにはポイントを押さえた部下への指示出しに非常に役立つ。また、「会議設計力」のスキルは使用頻度が高く、知ると知らないではその結果に大きな差が出るだろう。
2 若手ビジネスマン
上司からさまざまな作業依頼を受けつつ、自ら仕事を切り盛りしなければならないこの層の方々に特に役立つのは、第2章の「論理思考力」と、第5章の「資料作成力」である。自分の言いたいことを、理路整然と端的に周囲の人に伝えるために論理思考は欠かせないし、日々の作業をまとめてアウトプットを出すためには資料作成力も不可欠である。「仮説検証力」や「会議設計力」はあるに越したことはないが、求められる機会はそう多くないので優先度は高くない。
3 管理職層、経営者層
この層の方々は、自分が学ぶというよりは、「部下に学ばせる」という意味で使用局面が多いと考えられる。特に「何度言っても気の利いた提案をしてこない部下」に対して、いったいその提案のどこがダメなのかを体系立てて指導する際に、本書は全般的に有用である。
とりわけ、第2章の「論理思考力」、第3章の「仮説検証力」は役立つだろう。そもそもきちんと言いたいことが説明できない部下に、どの視点が抜けているのか、どこに論理の飛躍があるのかを分からせるうえで「論理思考力」は必要だ。また、こちらの意をうまく汲めない部下に対し、論点は何か、どういう示唆を欲しているのかを分からせるためには、「仮説検証力」が不可欠である。
4 就職活動学生
この層の方々は、近い将来に向けて「ビジネスそのもの」のイメージを膨らませると同時に、「正しい仕事への取り組み方」を学ぶことが大事である。さらには就職活動のなかでは、自分という人間を正しく表現し、相手に伝えていく必要がある。その意味では、まさに「自分自身を提案」する力を磨かねばならない。「ストーリー」でビジネスの現場の雰囲気をつかみ、第2章の「論理思考力」で自分の考えを正しく表現できるスキルを身につけることが重要である。
以上のように、本書は幅広い読者層の方に役立つと考えている。また、読者の方の立場が変わるたびに、また新たな内容を読みとっていただけるものと確信している。
なぜ、「提案」がうまく通らないのか
以上、本書の全体を概観した。ここで、私の「提案の技術」にかける想いを述べてみたい。
私が思うに、「考える」能力と、「伝える」能力があわさった状態で生み出されるのが、「提案」である。「提案」とは根拠のない思いつきでもないし、納得感のない強制でもない。あくまで、「自分が一生懸命考え抜いた、正しいと思う話」を、「一生懸命相手に説明して、聞いてもらう」ということである。
私は数年間にわたる戦略コンサルタントの実務のなかで、数多くの企業の経営課題を目の当たりにしてきた。また現在は、日本の一部上場メーカーで経営幹部として企業変革に従事しているなかで、一つの会社の奥深い経営課題を目の当たりにしている。そのなかで私が共通して感じていることがある。
それは、日本企業の抱える多くの課題の根幹にあるのは「提案力不足」だということだ。
すべての人が真剣に考え、真剣に相手に話を伝えようと努力し、相手も真剣にその人の提案を理解しようとするだけで、どんな企業でも絶対によくなる。そして世の中も相当よくなる。私はそう信じている。
多くの企業で、異なるバックグラウンド、異なる価値観を持った人たちが「相手も自分と同じ考え方をしているはずだ」という幻想のもとに、いい加減な説明をし、お互い理解したような「つもり」になっている。
お互いきちんと合意したものと思いこんでいたのに、最後になって話が食いちがっていて、「時すでに遅し」だったという経験はないだろうか?
また、運よく途中で話が食いちがっていることに気づいたとしても、「なぜあの人は私の話が分からないんだ。あの人が悪い」と、相手を責めた経験はないだろうか?
こういった食いちがいは、「相手は自分とちがう」ということをよく理解したうえで、きちんと論理に基づき、正しいことを考え、それを相手に分かるように丁寧に説明するという、「提案」がうまくできれば、すべて解決すると私は考える。
私が本書を書き綴った背景には、現場で苦い思いをした経験を多くの人に伝えることで、少しでもビジネスを円滑に進めるための役に立ちたいという切実な願いがある。もちろん、スキル本、ノウハウ本としても活用できる内容には仕上げたつもりだが、それ以上に、日々の業務で少しでも良い「提案」をしていただき、それによって企業を少しでも変革し、社会全体をよくしていただければ本望である。
(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため改行等の調整をしています。
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