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社会の変化は、ひとりの市民から始まる──『想いはこうして紡がれる』はじめに全文公開
福島県いわき市。回収した古着の約9割が、何らかの形でリサイクルされているこのまちは、いま「古着を燃やさないまち」と呼ばれています。この「すごい変容」を導いたのが、1990年、“主婦”たちで結成したボランティアサークルでした。のちに法人格を取得し、ザ・ピープルと名付けられる団体の2代目理事長が、本書『想いはこうして紡がれる』の著者、吉田恵美子さん。震災も超えて30年以上、住民主体のまちづくりを主導してきた方です。
ただ、吉田さんがすごいの古着の回収だけではありません。3.11で津波・地震の自然災害に加えて、原発事故という人災を同時に経験したいわきは、耕作放棄地の増加に加え、コミュニティの分断──被災者と、原発事故からの避難民のあいだで──という事態に陥ります。しかし、それを打開したヒントもまた、ザ・ピープルが長く関わってきた「衣」にありました。人が口にしないコットンならば、耕作放棄地でつくれる。それも、みんなで一緒に──。ともに畑をつくるなか、やがてしがらみは解け、分断は解消されていきます。
地域に根ざし、人の、まちの、社会の「当たり前」を変えていくためのメッセージを詰め込んだ、吉田さんのご著書『想いはこうして紡がれる──「古着を燃やさないまち」を実現した33年の市民活動を通して伝えたいこと』から、「はじめに 社会の変化は、ひとりの市民から始まる」を公開します(一部オンライン用に編集しています)。
社会の変化は、ひとりの市民から始まる
福島県いわき市。人口約32万人(令和6年4月1日現在)のこの地方都市が、「古着を燃やさないまち」と呼ばれているのをご存じでしょうか。
市役所、銀行、スーパーといった市内13か所に置かれた回収ボックスで衣類を回収。年間250トンを超える古着を、有償のボランティアスタッフで選別、古着の販売からさまざまな用途でのリサイクルまで、さまざまな「出口」をつくることで、回収品のリサイクル率は90%近くを達成しています。
全国で廃棄される衣類のリサイクル・リユース率は34.1%(国民生活センター発行『国民生活』2021年4月)ですので、いわき市民の衣類リサイクルの意識がどれだけ高いか、わかっていただけるかと思います。
このように申し上げると、決まって言われることがあります。
「いわきでは、どんな施策で成功したんですか?」
多くの場合、ごみ回収のような市民全体を巻き込む施策は、行政主導の、トップダウンで行われると思われがちです。
しかし、いわきで起こった市民の意識変容、そして社会にリサイクルの仕組みが行き渡るまでの変化は、たった数名のボランティアサークルから始まりました。そして、30年という長い時間をかけて一歩ずつ歩んでいった先で、「古着を燃やさないまち」へとたどりついたのです。
■震災、コロナ、格差。変わる社会で33年地域課題に向き合って
はじめまして。吉田恵美子と申します。
ボランティアサークルとして1990年に生まれ、現在は特定非営利活動法人として活動している「ザ・ピープル」の立ち上げメンバーのひとりで、2000年から2023年まで理事長を務めていました。現在は、そこから派生した一般社団法人「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」の代表理事を務め、繊維産業の起点であるコットン栽培を、有機農法で実現することに挑戦しています。
気づけば、市民活動の現場に立って、2023年12月で丸33年。人生の約半分の年数をその活動現場に身を置いてきたことになります。
この間、バブル崩壊から金融危機、東日本大震災、コロナ禍と、さまざまな時代の荒波にもまれながら、活動を継続してきました。特に東日本大震災では、いわきも自然災害と原発事故という人為的災害の両方に見舞われた世界初の複合災害の被災地となり、コミュニティの分断、そして再生までを経験しました。周囲からの理解を得られずに悩むこともありましたし、組織内でぶつかり合うこともありました。
こうした経験の一つひとつが、私という人間をつくり上げ、ザ・ピープルという組織の今ある姿をつくり上げてきました。この過程で、私自身が、この組織が願ってきたことは何なのか。それは、
「地域を、住民自身の手でよりよいものに、より住みやすいものにしていく。その過程の一部をこの組織が担っていきたい」
ということでした。
ザ・ピープルが力をつけて拡大していくことを目指していたわけではありません。ましてやコミュニティビジネスの主体として起業家たることを目指していたわけでもありません。とはいえ、古着リサイクル事業のために地域企業や公共施設をも巻き込んできた経緯もあることから、社会的責任を果たせるだけの組織として生き残りたいという想いは持ち続けてきました。
そして、東日本大震災という体験があって、組織としての想いは、「福島再生・復興という大きな地域課題を、自分たちなりの手法で少しでも解決の道筋に乗せていきたい。その動きを一歩でも前に進めたい」という想いに変容していきました。
■変化の担い手は「すごい人」だけじゃない
いつしか福島全体のことも見据えるようになったザ・ピープル。我ながら遠くまで来たものだと思いますが、決して忘れてはならないと自分に言い聞かせていることがあります。
それは、変化の担い手は、決して「すごい人」だけではないということ。
「家の前の道路を通る車のスピード、もう少しゆっくりになったらな」
「子どもが、何の目的もなしにゆっくりできる場所、まちにあればいいのに」
「このごみ、本当に『燃やせるごみ』でいいの?」
何かおかしい。
でも、自分にできることなんて──。
道路も、児童館も、ごみも、大きな社会が決めること。
自分が何かを変える手立てはおろか、変えられるという実感も湧かない、というのが多くの方の実情でしょう。
実際、33年前の私自身が、そうでした。
「母親が働きに出るなんて恥ずかしい」と言われるがまま専業主婦となり、市民活動を始めたら今度は「そんなことをやっても何も変わらない!」と言われる。
社会問題に挑むどころか、まるで自分という存在は社会のなかに存在しないかのような感覚に陥っていました。
ところが、その疎外感を振り払いたくて、わらにもすがるような思いでいわき市主催の海外派遣事業に応募したことで、小さな、本当に小さな一歩を踏み出すことができました。そこで初めてボランティアというものを知り、ごみ問題を知り、自分のなかの小さな違和感が形になっていきました。自分なんて社会にとって何も価値がないとすら思っていた私が、ザ・ピープルというNPOの活動にのめり込み、2000年からは理事長を務め、「古着」をごみとして燃やさずに循環させるという社会的事業へと邁進していくことになったのです。
まだリサイクルという言葉すら定着していなかった1990年代にスタートした古着回収は、当初は役所からも市民からも冷たい目で見られていました。しかし現在、いわき市で古着といえばザ・ピープルのボックスに入れる、というのが当たり前となるまでになりました。回収品のリサイクル率は90%に迫り、県内外からの視察も絶えません。かつて「何も変わらない」と言った義父も、「人それぞれ生きる道があり、お前にとっての道はどうもピープルらしいから、そのまま進め!」と言ってくれるようになりました。
市民一人ひとりの違和感から始まった取り組みが、まちを、地域を、社会を動かし、変容へと導いてくれたのでした。
■今モヤモヤを抱えている「あなた」へ
この本を書くことで、読んでくださっている「あなた」に、私は何が伝えられるだろうか、考えました。
たとえば、社会を変える方法、などというだいそれたことは、私にはお伝えできません。常に苦しみ、手探りの挑戦でした。
今とは社会情勢も問題解決の方法論も違うでしょう。ボランティアやNPOに向けられる目は今とは異なっていましたし、取れる手段も限られていました。
ですが、ボランティアという言葉がようやく聞かれ始めた1990年から、震災と復興も経験し、33年間続けてきた私の活動の軌跡、そこに込めた想いを伝えることで、たったひとりの市民が抱いた違和感や疑問から社会は変えていけるということは、はっきりと言えます。そして、そうした課題に立ち向かう力を、自らの内でいかに育はぐくんでいくか、ということも。
市民一人ひとり、すなわちこれをいま読んでいるあなたが、身の回りの小さな違和感に向き合い、小さな一歩を踏み出すきっかけになり、今モヤモヤを抱えている「あなた」の背中を押すことにつながれば、それに勝る喜びはありません。
吉田恵美子
【目次】
はじめに 社会の変化は、ひとりの市民から始まる
第1章 一人ひとりの「気づき」を社会につなぐ
いわきはなぜ「古着を燃やさないまち」を実現できたのか?
第2章 一人ひとりの「葛藤」を尊重し、対話でつなぐ
震災、そしてその後の分断をいかに乗り越えたか
第3章 一人ひとりの「想い」を紡ぎ、仲間とともに変える
「復興後」の未来を、オーガニックコットンに見た理由
第4章 一人ひとりの「ビジョン」が受け継がれ、まちは変わる
地域課題に、終わりはない
第5章 一人ひとりの「私」から未来は変わる
自分自身の声を聞く
おわりに 後からやってくるあなたへ
【著者】
吉田恵美子(よしだ・えみこ)
特定非営利活動法人ザ・ピープル 前理事長
いわきおてんとSUN 企業組合 前代表理事
一般社団法人ふくしまオーガニックコットンプロジェクト 代表理事
福島県いわき市にて、地域のなかで「住民主体のまちづくり」の取り組みを33年間行っている。主たる活動は「古着を燃やさない社会づくり」と、東日本大震災後の地域課題と向き合うなかでスタートさせた「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」。
1990年創設の「ザ・ピープル」に参画し、ごみ問題への関心から古着のリサイクル事業を市民活動で実践。2000年から理事長を務め、いわき市を「古着を燃やさないまち」へと変容させる立役者のひとりとなった。
東日本大震災後、いわきの被災者と原発事故からの避難者とのあいだのすれ違いからコミュニティの分断を危惧し、耕作放棄地でのオーガニックコットン栽培を媒介にコミュニティ活性化を実現、地域課題の解決への筋道をつけた(2021年、ふくしまオーガニックコットンプロジェクトとして一般社団法人化)。
2023年自身の健康上の問題(膵臓がんの発病)から「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」の取り組みを残して、他の活動現場からは身を引くこととなった。2024年11月、逝去。
*ザ・ピープル
https://thepeople.jp/
*ふくしまオーガニックコットンプロジェクト
https://www.fukushima.organic/