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私たちは、どんな変化を強いられているのか?ーー『ビジョンプロセシング』本文一部公開

新刊『ビジョンプロセシング――ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』は、「答えはないのに、ゴールを示すべき」という現代のジレンマに挑んだ一冊です。

私たちが向き合わなければならない、「非秩序系のVUCAワールド」とは一体どのようなものなのでしょうか。現代のジレンマを乗り越えるために必要な視点とはなんでしょうか。「ビジョンプロセシング」という概念が生み出された背景を解説した、「第2章 私たちは、どんな変化を強いられているのか?」を一部公開いたします。


VUCAワールドにおける新しい行動様式

第1章で述べてきた通り、私たちは非秩序系のVUCAワールドの中で計画のジレンマに陥り、火消し自滅へとはまり込みやすい状態になっています。
この状況に対して、何をどうしていけばよいのでしょうか。

残念ながら、「これさえやれば、万事解決!」という魔法のような特効薬はありません。しかし、外してはいけない勘所、いわゆる「レバレッジポイント」はあります。

レバレッジポイントとは「てこの支点」という意味で、小さな力でも大きく状況を動かせる場所を指します。レバレッジポイントは、問題症状の近くにあるとは限らず、直感ではわかりにくいことが多いものです。

症状自体がレバレッジポイントでない場合、たとえば胃の調子が長い間悪いからといって、「胃薬を飲み続ける」という対処法ではほとんど解決できません。その症状を抑えられても根本治療にはなっておらず、場合によっては副作用によって別の症状が悪化する可能性もあります。

もし、胃の調子の悪さが「ストレス」から来ているのであれば、誰かに話を聞いてもらったり運動をしたりすることで症状が治まるかもしれません。もしくは、「慢性的な食べすぎによる内臓の疲労」が原因であれば、断食も効果的かもしれません。

こうしたレバレッジポイントへの働きかけは、健康のみならず、自分自身の生活全般、人間関係、チームや組織、社会といったあらゆる領域に存在しています。

たとえば日本の自動車業界では、品質向上のためにまずは工場内の清掃や整備に力を入れよう、という取り組みが行われています。清掃や整備は、一見すると自動車の品質向上とは関係ない作業のようにも見えますが、実際には大きな効果があったことが実証されているのです。清掃や整備により、工場内の整然とした環境が維持され、人々の作業意欲や品質意識が高まったため、品質向上につながったのです。

このようにレバレッジポイントは、「直感的にはわかりづらい」「盲点になりやすい」のが特徴です。また、それに働きかけても効果が発揮されるまでに「時間の遅れ」を伴うこともあります。

では、非秩序系のVUCAワールドにおいてレバレッジポイントが存在するとしたら、それはどこにあるのでしょうか? そのヒントは、第1章で説明したクネヴィンフレームワークの対処パターンに描かれています。それぞれの領域における対処パターンは以下のようなものでした。

秩序系
自明……感知→分類→対応
煩雑……感知→分析→対応

非秩序系
複雑……探索→感知→対応
カオス……行動→感知→対応

興味深いのは、秩序系領域では「感知」という状況の認識から始まっているのに対し、非秩序系では、「探索」と「行動」という、自分から動くことから始まっている点です。

環境・状況をコントロールできる秩序系においては、起きていることを感知して受け止めつつ、過去の成功パターンに当てはめて「分類」する、あるいは状況や原因を「分析」することによって対処できます。

それに対して非秩序系では、環境・状況のコントロールは実質不可能であり、場合によっては自分たちの認知と能力の限界をはるかに超えて展開します。そのため、頭であれこれ考えるよりも前に「まず、行動」を起こして環境・状況に働きかけ、その反応をうかがいながら手探りで物事を進めていくことを推奨しています。

複雑領域においては、屋台骨が崩れなくても済む失敗である「セーフ・フェイル」をしながら解決策を「探索」し、カオス領域においては一も二もなくその場から離れるか緊急事態に対処する「行動」を起こすことになります。この「まず、行動」こそが非秩序系のVUCAワールドを生きる私たちに求められる新しい行動様式です。

いずれにせよ、この「まず、行動」が示唆しているのは「予め綿密に計画を立てて、狙った通りに結果を生み出すという秩序系の取り組み方に限界があるため、とにかく行動を起こしてみて〈から駒〉を出すしかない」といえるでしょう。

もちろん、「まず、行動」や「瓢箪から駒を出す」といっても、当てずっぽうに行動したり、運任せを意味しているわけではありません。

あくまで、ある程度の仮説を立てて多少の失敗を許容しつつ、直面している課題に対して直感的かつ実験的なアプローチも採用することで、予想外の成果や解決策へのヒントを得ることを前提に行動を起こすということです。

言い換えれば、自分の脳内にある思考を超えた答えやヒントを見つけるために、自分の既存の枠を超えた行動を起こし、答えやヒントに出合えるまで、あの手この手を使って挑戦し続けるということです。

もし、そうだとしたら、後はいかに「瓢箪から駒」を出せる行動をやり続けられるかにかかっています。
これが非秩序系のVUCAワールドにおけるレバレッジポイントとなります。


計画のジレンマを超え、「まず、行動」を起こし続けるために欠かせない視点

「瓢箪から駒が出るまで、〈まず、行動〉を起こし続ける」

拍子抜けするくらいにシンプルな原則ですが、計画のジレンマにおける「計画の必然性」がこの実践を妨げます。

第1章で述べたように、私たちには「見通しの明るさ、投資対効果の明確さ、勝ち筋への確信がある程度確保されてこそ、モチベーションが継続する」、そして「目的・目標を共有できるからこそ力を合わせられる」という人間の特性があります。

最近では、費用対効果を意味する「コスパ(コストパフォーマンス)」をもじって、時間対効果を表す「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が生まれましたが、これは即座にリターンを求める傾向が強くなってきたことを表しています。

「瓢箪から駒が出るまで、〈まず、行動〉を起こし続ける」という原則は、コスパ、タイパとは真逆の概念なのです。

また、必ずしもコスパやタイパを気にしなくとも、成果の兆しが見えない中で行動し続けるのは、多くの人にとって心理的負担が大きいものです。従って、「まず、行動」を起こしたとしても、終わりがまったく見えなければ、やがて心が折れてしまうでしょう。

だからといって、諦めたら「火消し自滅」に陥り、次から次へと襲ってくる重要かつ緊急な問題に追われる状態になるだけです。
計画のジレンマを乗り越えて、「まず、行動」を起こし続けられるようになるために、私たちは何を根本的にアップデートすべきなのでしょうか?

それが、「未来との向き合い方」です。

結局のところ、問題をややこしくしているのは、非秩序系の世界の中で秩序系のやり方を押し通そうとしていることにあります。それはまるで、一切日本語も英語も通じない、アフリカのどこかの村で暮らすのに、日本語だけで生活し続けようとすることと似ています。

つまり、「郷に入っては郷に従う」ことをせず、これまでのスタイルのままで挑もうとしていると考えると、ヒントが見えてきます。
従来型の、秩序系の世界の中で通用してきた未来との向き合い方は、「自分にとって都合のよい未来が得られるかどうかを見極め、それが叶わないのであれば、行動を止めるか減らす」というものです。

見通しの明るさ、投資対効果の明確さ、勝ち筋への確信、そして、目的・目標の共有は、結局のところ、自分にとって都合のよい未来を手繰り寄せようとする、すなわち、環境・状況をコントロールしようとする姿勢を強化させます。その結果、コスパ、タイパに縛られることになります。

ところが非秩序系のVUCAワールドは、コスパやタイパを約束してくれるとは限りません。仮にその算段がついたとしても、急拡大した飲食チェーンが、まさにその規模故にコロナ禍で苦しんだように、以前は効率的だと考えられた判断が生み出した結果(リターン)が、数年後に自分の首を絞める原因となるかもしれないのです。つまり、コスパやタイパは特定の期間において成立しているに過ぎないので、長い目で見ると本当に効率がいいかどうかはわからないことが増えてくるといえるでしょう。「人間万事が馬」というがあるように、よいことも悪いことも予測がつかないのです。

従って、「勝ち筋が見えるかどうか」「コスパ、タイパがいいか」を判断するような、秩序系と相性がよい未来との向き合い方に依存するのではなく、非秩序系にあったやり方も身につけていく必要があります。

「瓢箪から駒が出るまで、〈まず、行動〉を起こし続ける」ために必要となる未来との向き合い方とはいったい何でしょうか。

勝ち筋に依存し、コスパ、タイパのいい行動ばかりをするわけでもなく、無計画で出たとこ勝負な行動に陥らないために求められる未来との向き合い方。
それは、以下のようなものだと私は考えています。

「いつ何時であっても可能性にあふれた未来を見据え、何度くじけようとも何度でも立ち上がり、力を合わせながら、創造のための試行錯誤をし続けられるようになること」

秩序系における未来との向き合い方は「いつかどこかの未来を結果として手に入れようとする姿勢」であっても十分に機能してきました。それに対して、非秩序系における未来との向き合い方には、「今、この瞬間に自らを沸き立たせる未来をプロセスとして生き続ける姿勢」が求められることになります。

「未来をプロセスとして生き続ける姿勢」とはどういうものでしょうか。それは、一流のアスリートが、思うように結果の出ない状態が続いていたとしても、自らを奮い立たせて何度でも挑戦を続ける姿に似ています。彼らは、「勝てるゲームなら全力で取り組むが、勝てないゲームなら手を抜く」とは考えず、将来の見通しがどうであれ、全身全霊で勝負して、その結果を受け止めて前進し続けていこうとするでしょう。

非秩序系のVUCAワールドを生きる私たちにとって、こうした一流のアスリートたちのスタンスが道標となるのではないでしょうか。自分にとって都合のよい未来、つまり勝ち筋やリターンの見通しがつくかどうかで行動を決めるのではなく、「どうすれば自らをエンパワーメント(奮い立たせる)しながら、次なる一歩を踏み出し続けるしなやかさと力強さを身につけることができるのか」が問われているのです。

未来との向き合い方を変えるビジョンプロセシング

この新しい未来との向き合い方が、本書のメインテーマである「ビジョンプロセシング」です。これは私の造語で、もう少し端的にまとめた定義が以下となります。

ビジョンプロセシング
いかなる環境・状況であろうとも、自分自身や周囲の主体性と創造性の解放を可能にする姿勢と手法

(注)ウェブ掲載にあたり、可読性向上のため、改行等を加えています。

【書籍紹介】
『ビジョンプロセシング――ゴールセッティングの呪縛から脱却し「今、ここにある未来」を解き放つ』
中土井僚(著)

「答えがないのに、ゴールを示すべき」というジレンマを、誰もが抱えている
そのビジョンは、「現在の自分たち」を勇気づけ、主体性と創造性を解放しようとしているか? 日々のプロセスを問い直すものとなっているか?
自己変容×イノベーションを起こす“U理論”第一人者が、人と組織における長年の実践から編み出した「不確実な未来との向き合い方」

[著者]
中土井僚  Ryo Nakadoi
オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。リーダーシップ・プロデューサー。
「滞った流れに何らかの方向を紡ぎ出し、流れをうねりに変えること」をテーマに、U理論・成人発達理論・インテグラル理論を土台としたエグゼクティブコーチング、リーダーシップ開発、組織開発を行う。20年以上にわたり、100社以上に対するプロセスコンサルテーションを通じた変革支援と共に、個人向けのリーダーシップ開発メソッドを基づいた内的変容支援を行う。また、2005年より日本社会におけるU理論の普及と社会的実践に加え、2017年より成人発達理論の啓蒙と実践研究に従事し、多数の執筆・翻訳・監訳実績を持つ。
著書に『U理論入門』(PHP研究所)、『マンガでやさしくわかるU理論』(日本能率協会マネジメントセンター)、『図解入門ビジネス 最新 U理論の基本と実践がよ~くわかる本』(秀和システム)、共訳書・監訳書に『「人の器」を測るとはどういうことか』(日本能率協会マネジメントセンター)、『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」『U理論[第二版]』『U理論[エッセンシャル版]』『出現する未来から導く』(以上、英治出版)がある。