みんなの笑顔が花開く場づくりをめざして──言葉だけではない場づくりを考える会(田中三枝:英治出版プロデューサー/ABDファシリテーター)
学びの「地域格差」が消えた!
わたしはABD(アクティブ・ブック・ダイアローグ;以下ABD)という読書会を企画・運営しています。
ABDは、1冊の本を分担して読んでまとめる、発表・共有する、気づきを深める対話をする、というプロセスを通して、著者が伝えたいことを深く理解し、学びを得る読書会です。
英治出版は本を作るだけではなく、本を使った学びの支援をしたい、と考えています。多くの人が本を読むのは(特にビジネス書は)、「読むこと」そのものが目的ではなく、読書を通じて「自分がなりたい姿」「得たい何か」があるからだと思っています。その思いを一歩でも二歩でも前進させるお手伝いとして、ABDという「場」をつくりたいと考えました。
そんなわたしは、神戸でリモートワーク中です。コロナ渦だからではなく、2013年に入社して以来ずっとリモートワークです。
英治出版のオフィスがある東京に出張するのは月1回だったため、参加したいイベントなどがあっても、日程が合わず諦めたことが何度もありました。
そんな時いつも思っていたのが、体験や学びの「地域格差」です。
イベントの開催地のほとんどが首都圏や地方都市で、それ以外の場所から参加するには時間の調整や長距離移動の必要があり、気軽には参加できませんでした。ところが、このコロナ渦でオンラインでの交流が加速し、地域格差などまるで無かったかのように状況は一変。
「わたしと同じように諦めていた人たちのために、すぐにでもイベントを開催したい!」
2020年4月、まずはコロナの影響で開催できていなかったABDを「オンラインABD」として月1回、全国どこにいても参加できるイベントとしてリ・スタートしました。
イベントを自分で企画・運営し、場のファシリテーションまでするのは私にとって初仕事。ここから「豊かな学びの場をつくる」ための試行錯誤が始まりました。
オンラインでは場の空気が分からない?
コロナ渦によって会議やイベントが軒並みオンラインで行われるようになり、「オンラインでは場の空気が分からない」という論議をよく目にするようになりました。
オンラインでは、本当に場の空気は分からないのでしょうか?
この問いに対するわたしの答えは「いいえ」です。オンラインABDを始めて半年が経ち感じたのは、その場に良い空気が流れると、「みんなの笑顔が花開いたようになる」ということでした。
ABDは、一冊の本、例えば全10章を10人で1章ずつ読み、それぞれが読んだ内容のポイントを紙やスライドにまとめ、前から順番に発表(プレゼンリレー)して共有します。一冊の本のエッセンスが一気に頭に入ってくる時間です。
(オンラインABDでのプレゼンリレーの様子)
時間内に「読んでまとめる」「発表する」のは、とても集中力を要しますので、ここでは緊張感でピーンと張り詰めた空気が場に流れます。そして、その時間をなんとか終えた後にあるのが、「ダイアローグ(対話)」の時間です。
オンラインABDでは、Zoomのブレイクアウト機能で小グループに分かれ、設定された問いをもとに、参加者同士でダイアローグをしていきます。本の内容から想起された参加者一人ひとりの経験、気づきや感想が共有されることで、みんなの知として積みあがっていく時間です。ひとりで読書するのとはまた違った醍醐味を味わえます。
自分の心の中にいつもモヤモヤとあったけれど、表には出てきていなかったものが自分以外の参加者の言葉によって引き出される──というようなことがよくあるようです。「そうそう、まさに自分が言いたかったこと、大切に思っていたことはそれだったんだ!」というような感想をよくいただきます。
思いが言葉となって表現され、そしてその言葉が、さらに他の参加者の経験の記憶や思いを引き出していく。集まったさまざまな思いは、大きくなったり、はっきりしたり、強くなったり。これから自分の仕事や日常でなにができるか、本を起点にそれぞれの未来について語り合われることもあります。
ブレイクアウト機能を解除し、対話グループから参加者が戻ってきて、再びメインルームに参加者全員の顔が映し出された瞬間、先に書いた「みんなの笑顔が花開いた」状態となっている時があります。
ダイアローグの場がとても豊かだった証です。
頬は赤みを軽くおび、その笑顔は、心からの満足感や充実感に満ち溢れているようにも見えます。
わたしも自社開催ではないABDに何度か参加したことがあるのですが、ダイアローグが本当に盛り上がり、充実感に満ちた時間を過ごすと、軽く興奮してテンションが上がり、自然と笑顔が押さえられない状態になるのです。
自然と花が開く、豊かな土壌をつくる
この「みんなの笑顔が花を開いた」状態をつくっていくにはどうすればいいのか。
そう考えていたときに示唆を与えてくれたのが、2020年9月に英治出版が出版した『場から未来を描き出す』です。
この本は、「描く」場づくりに焦点を当てていますが、「描く」という方法を使っていない私にとっても、著者ケルビー・バードさんの場づくりをするときの心の在り方は学びがありました。例えば、本のなかでは「開く」ことについて、ケルビーさんの絵とともにこう書かれています。
(『場から未来を描き出す』p.104-105)
まさに「みんなの笑顔が花を開いた」状態のことだと感じました。開いているとき、場にいる人たちは、お互いが通路となって、お互いの経験の記憶や思いを引き出しているのでないかと。
では、場の参加者が「開く」には、自分はどんなことができるか?
自分自身も「開く」には、何を大切するとよいか?
これらの問いについて深めたいと思っていたとき、幸運なことに、人材育成や事業開発の場づくりに長年取り組まれている方々と共に『場から未来を描き出す』の勉強会に参加する機会をいただきました。
勉強会のなかで深い気づきを与えてくれたのが、『実務でつかむ! ティール組織』著者で、『自主経営組織のはじめ方』共訳者である吉原史郎さんのお話でした。
吉原さんは、自然の摂理から学んだことを組織経営に活かされている方で、農薬を使わない自然農法の畑を実際に運営されています。吉原さんの畑では、天地がえしなどによって最初にしっかり畑の土を耕せば、あとは人がほとんど手入れすることなく、作物たちが自然と育つそうです。そして、人も同じように、場が耕されていれば自然と自分らしく語りだすというのです。
人が自分らしく語れるように、場を耕す。──まさにこれこそ、私が求める「私の役割」なのだと強く思えた瞬間でした。「土壌(場)」が豊かだと、人はオープンに自分をさらけ出し、あるがままの自分を受け入れ、そして他者も受け入れられる。そんな場だからこそ、豊かなダイアローグが導き出されるのではないか、と。
私がつくりたかったのは、笑顔が花開く、土壌が豊かな場でした。
本と人との関係性の触媒に
「ABDは、3Dプリンター。一冊の本をみんなで読み、まとめ、プレゼンすることで、その場にはいない著者を、立体的に立ち現わさせることができるのがABDです」
これは、ABD開発者の竹ノ内壮太郎さんの言葉です。
ダイアローグを重ねることで、幾重にもなった一人ひとりの「気づき」が、複雑に立体的にその場を形づくっていきます。誰かの話を聞いて想像が膨らんだり、比較してみたり、引用して追加してみたり。
同じ本でも参加メンバーが違うことで、全く違う場になります。まさに生成的な場です。予定調和でない、生成的な場だからこそ、「開く」ことで、より豊かになっていくのでしょう。
『場から未来を描き出す』の中では、生成的な場をつくるうえで、場にいる人と人の関係性や自身の身体感覚に集中することの重要性が書かれています。とてもシンプルながら、とても深くむずかしいことです。
ただ今回、勉強会に参加した気づきから、いくつかの工夫をしてみました。
みんなの居心地がよくなる(=開ける)ように、開催までの時間、よい雰囲気の音楽を流してみる。対話に集中するために瞑想の時間をとる。参加者のみなさんの名前を意識的に呼んで話しかける。私自身がまずリラックスする。一人一人の声を聴くための丁寧なアンケートをする…などです。
一つひとつは小さなこと。でも、説明のわかりやすさや、時間配分に注力していた当初の私とは、少し違う視点での工夫です。実際に、参加者の方が以前よりもリラックスされているように感じます。
さらによい場をつくりだすにはどうすればいいのか。
場から浮かびあがってくるみんなの想いを、どうすればうまくすくいとれるのか。
現れたがっている思いをたぐりよせられるのか。
挑戦したいことはたくさん。試行錯誤はまだまだ続きます。
『場から未来を描き出す』の勉強会で、その試行錯誤を語ってみたところ、人材育成や組織開発に長年携わってこられた西村明子さんがこう言ってくださいました。
「自分を開き、本と人との関係性のなかに触媒として入り、受粉したり、人と人を繋いだり。田中さん自身がミツバチみたいに思えて、なんだかほっこりしましたし、素敵だなと思います」
とても嬉しかった! この役割をいま自分が十分にできているかというと、まだまだこれから。がんばらないと。
『場から未来を描き出す』は、あたたかく、そして「気づき」が生まれる場づくりをめざす私にとって、いつでも原点に立ち戻れる一冊となりました。
そして、立ち止まってしまった時には、この『場から未来を描き出す』の勉強会で一緒に対話をしたみなさんの笑顔とともに、優しく背中を押してくれることになるでしょう。
※次回のオンラインABDは、2021/01/29に開催します。ぜひご参加ください。
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