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自己認識から考える、個と組織の「4つの発達段階」(タムラカイ)

「自己認識」をテーマとした書籍『insight(インサイト)──いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』。本連載では各界で活躍する方々に、自己認識が自身のキャリアや生活にどのような意味や変化をもたらしたかを語っていただきます。今回はグラフィックカタリスト/ラクガキコーチのタムラカイさん。企業に所属する組織人として働きながら、個人でも活躍されていますが、この働き方に辿り着く上で、自己認識はどのような意味を持ったのでしょうか。

「あなたがいなくても、組織は回るようにできているから」

10年前、当時の上司から言われた一言だ。
この言葉には一面の真実があるのかもしれない。
しかし、個人と組織がお互いを活かしあう関係を築くことはできないのだろうか?
自己認識という観点から、これまでのキャリアを振り返りつつ、個人と組織のよりよい関係の築き方を考えてみたい。

個人と組織との関係は一様でも不変でもない

私は現在、富士通デザイン株式会社に所属する会社員である。同時に、個人では「ハッピーラクガキライフ」という屋号でワークショップ開催や書籍の執筆などを行っている。また、グラフィックレコーディングやファシリテーションを通した、「場のデザイン」を提供する「グラフィックカタリスト ・ビオトープ」というチームで、新しい組織の在り方や働き方を模索。

つまり、組織人でありつつ、個人としても積極的に活動しているのだ。

近頃は副業解禁など新しい働き方に注目が集まっている。一方で、「会社員はオワコン」や「フリーランスは不安定で未来がない」など、組織人か個人かどちらかを選ばなければいけないという二元論的対立も目に付く。

しかしそもそも二つの間にはっきりとした境界線があるのだろうか。私は、組織人であり、かつ、個としての強みを発揮するという第三の道を実現するために、多くの試行錯誤を行ってきた。

そのプロセスを、『insight』の前提となる考え方、「内的自己認識(自分自身を理解する力)」と「外的自己認識(他人からどうみられているかを認識する力)」という二つの側面から光をあてて俯瞰することで、ヒントのようなものが見えてきた。

個人と組織の4つの段階

個人と組織の関係は一様でも不変でもない。自己認識を深め、組織との関係を冷静に把握し、適切に行動すると、新たな可能性が見えてくる。

こうしたことを踏まえて自分自身のこれまでを振り返ってみると、組織との関係性の変化には4つの段階があることに気づいた。

それぞれの段階に名前をつけるとすれば、以下の4つとなる。
第1段階:同化
第2段階:異化
第3段階:逸脱
第4段階:統合
これらを内的と外的という2つの自己認識という視点から紐解きつつ、どういうアクションをとり、組織との関係がどのように変化したのかを紹介したい。

4段階のイラスト_タムカイさん

第1段階「同化」:最初は外的自己認識が大切

・組織からの評価や期待に対して個が合わせていく段階
・内的自己認識よりも外的自己認識が要求される


私の場合はまずこの段階で大きくつまづいたことが今の自分につながっている。

今でもお恥ずかしい限りだが、組織には入ったものの自分の主張が強すぎることで仕事では結果をまったく出せず、それによって溜まったフラストレーションを他者にぶつけてしまい、人間関係にも支障をきたしていた。

原因はひとえに外的自己認識の不足だ。

組織や相手が何を期待しているかを理解できていないため、独りよがりな行動になってしまい、生じたズレでさらに問題を引き起こす悪循環だった。

そのような状態ではあるのにプライドは高く内的自己認識はできていると思い込んでおり、外的自己認識と内的自己認識に相関関係がないと主張する本書の通りの状態だった。

どん底の状態まで落ちた私を救ってくれたのは、最後に一人残った親友からのフィードバックだった。

「自分でも気づいてるよな、これが最後のチャンスだぞ」

『insight』でも「なぜこうなったか(why)」ではなく「何をするか(what)」を考える重要性が述べられているが、自分の場合はありたい姿を漠然と思い描くのではなく、ベンチマークとなる人物を先述の親友や現在の上司といった身近に設定し、仕事面でも対人関係面でも徹底的に彼らの行動を真似るという方法をとった。

まず変えたのはほんの少しの行動からだ。朝の挨拶の仕方、電話を取るスピードや受け答え、日々の相談の頻度、すぐには結果の出ない小さな積み重ねだったが、次第に周りからの見られ方が変化していった。結局のところ組織の中で信頼を築くには日々の仕事が重要だということがよくわかった。

「同化」の段階で一つ注意があるとすれば、「言われたことに従う」と「外的自己認識に対して自分を変化させる」ことは似ているようでまったく別物だということだ。

言われたことに従いそれをこなすだけでは、あくまで相手の認識する「自分」の範囲を超えず、それ以上の評価やチャンスはやってこない。

そうではなく、言われたことに対して自分なりに工夫し、相手の期待を超える120%の結果を出そうと努力することが重要で、そのためには自分がどうしたいかという意思、つまり内的自己認識が必要になる。これが次の段階「異化」に進む鍵となる。

第2段階「異化」:会社以外のコミュニティから新たな自分を見いだす

・同化のために注いでいたエネルギーが小さくなることで余裕ができ、自分のありたい姿を模索する時期
・自ら行動するために内的自己認識を拠り所にする
・所属する組織内外での外的自己認識によって自分の持つ様々な側面を探求する

「同化」の段階を経た私は、会社からの期待にある程度応えられるようになったので、組織内での立ち位置について考えるようになった。

ちょうどこの頃Webデザインの業務に従事する機会があり、興味関心が新しい技術やサービスに向かっていった。当時はまだ組織のなかではそれらの技術に詳しい人はおらず、先行して学び組織に還元することを続けた結果、その分野といえば自分という立ち位置を確立することができた。

そして、業務が変わるたびに同じように同化と異化を繰り返し、現在の上司との信頼関係の基礎を築くことができた。内的自己認識の変化(興味・関心の変化)を個人の問題のままにせず、組織に還元するというアクションをとったのである。

大きな転機となったのが、入社5年目が対象となるジョブローテーションだった。担当していた業務を安定して遂行できるようになり、自信とやりがいを感じていたため、当時の幹部社員に対して異動の拒否を申し入れたのだが断られてしまった。

組織に対する不満を募らせるという道もありえたが、会社のみが存在の拠り所になっていることを問題と考えた私は、組織外のコミュニティに飛び込むことを選んだ。具体的には、異動先の業務で出会ったブロガーという存在に感銘を受け、自らもブログを始めたのである。

違うつながりの中では、普段の当たり前に価値があることを感じたり、これまで気づいていなかった自分に気づいたり、違う観点から自分を見ることで外的自己認識が変化していった。

同時に、組織という拠り所を自ら封印した状態で「私は何者なのか」を伝える必要が増え、内的自己認識も同時にアップデートされていった。組織の一員としての側面は持ちつつ、それとは別の場所を持つことで価値観に幅が出たのがこの段階だった。

違うコミュニティとの関わりを持つことで、内的・外的自己認識が深まり、自分自身と組織の関係を冷静に見極めることができるようになった。そうすると、組織内での自分の立ち位置・振る舞いにも影響を与えることになり、外の知見を社内に持ち帰ることで成果も出るようになった。


第3段階「逸脱」:周囲の人は自分の見落としている側面を気づかせてくれる

・「異化」で見つけた要素を伸ばし、組織に依存しない個を確立する段階
・内的自己認識を通して自らの「信念」や「価値観」を言語化する
・外的自己認識は自分がどう見られているかを知るだけではなく、どう見せるかのための材料にもなる

個人的にはこの時期にもっとも葛藤し、試行錯誤を繰り返した。より明確な自分だけの情熱や願望を知る必要があるからだ。

自分の軸は何かと考える日々の中で、きっかけになったのはブログを通じて知り合った友人の何気ない一言だった。

「タムカイさんみたいに楽しく絵を描いてみたいんです」

確かに幼い頃からずっと絵を描くことは好きだったが、画力やニーズといった面で自分の描く絵、それ自体に価値があると思える経験は少なかった。

だが、「描くことの楽しさを伝える」という視点なら、他の誰にもできないことができるかもしれない。その時根拠のない自信が湧き上がってきた。

その一言に応えるために、ラクガキのワークショップを開催したのが2014年のこと。そこまでの試行錯誤があったからこそ、「自分がやりたかったことはこれだ」と気づいた。

楽しみながら続けていく中で、幸いなことに書籍の出版やワークショップの依頼をいただくようになり、そのすべてに本気で応え続けた。すると新しい道がどんどんとひらけていった。

「自分探し」という言葉があるが、私は、一人では「自分」を見つけることはできないと考えている。むしろその過程で様々な他者に出会い、見落としている「自分」に誰かが気づかせてくれるのだ。

私にとって「ラクガキ」がまさにそれだった。

「逸脱」のきっかけには「自分を知ろう」とする内的自己認識からくる意志と、誰かが見つけてくれた「自分」に気づく外的自己認識、その両方が必要なのだ。

第4段階「統合」:「組織をストレッチする」

・ここまでで確立した自分という個と組織のこれまでにはない新しい関係を創り出す段階
・組織が潜在的に求めている変化を察知し、そのための存在として自分を柔軟に変化させ行動する
・自らルールを作る必要があり、そのために既存のルールに精通する必要がある。
・組織のベクトルと、自分のベクトルの合力を形成するイメージ。


この段階については自分自身がまさに試行錯誤を繰り返している最中である。だが、あえてこの段階を象徴的な言葉で表現すると、「組織をストレッチする」、つまり、まだ組織が気づいていない可能性を、個人の具体的なアクションにより、顕在化させるというイメージだ。

その一例として、私の名刺がある。私の富士通の名刺は「タムラカイ」とカタカナ表記になっている。実はこれは個人活動の際に使ってきたものなのだが、これを組織の名刺でも使いたいと上司に申し入れて実現した。

組織としては異例の要望だったため当初こそ難色を示されたが、「名前をカタカナ表記してはいけない」というルールはないこと、外国籍の同僚の名刺がカタカナ表記になっていることなどを例に説得した。

加えて「肩書きは個人で設定してもよい」という、組織のルールがあることを知っていたため、グラフィックを手段として用い『場』をデザインする人という意味で、「グラフィックカタリスト/ラクガキコーチ」と表記した。

この名刺を見てまず驚いたのは職場の同僚である。そして、そのうちの一人が私と同じように「描く」ことを手段に活動したいと「グラフィックカタリスト 」の肩書きを名刺に記載したのだ。

ほんの数文字の変化ではあったが、同僚の意識が変化し、行動につながった。「描く」という個の強みが共有されることで、今まで可視化されていなかった組織内の「つながり」が生まれたのだ。

そうしたつながりを活かすために、出会った仲間の拠り所として「グラフィックカタリスト ・ビオトープ」を立ち上げた。きっかけは小さなアクションではあったが、今では15人を超えるつながりとなった。

当初は社外での活動を主として結成されたチームであったが、その場を起点にして所属している組織内にも小さな変化が起こりはじめている。

例えば3年前から、年に一度開催される「富士通フォーラム」という展示会でグラフィックレコーディングが導入されている。近頃は様々なイベントで見られる光景だが、オフィシャルかつ組織内の人材でこれを実施したのは、おそらく日本でも初の試みであった。

さらに本年度は新たな取り組みとして「対話的な展示」というものを企画および実施した。

これは自社サービスを一方的に伝える形になりがちな展示会という場において、グラフィックレコーディングを活用し、自社だけでなく来場者の想いも同時に残して作り上げるというこれまでにない展示で、社内外から大きな反響があった。

展示会_タムカイさん

自己認識を深めることで見いだした、個人としての強みを全面に出すことで、組織の中に新たなつながりを生み出し、そのつながりのパワーを組織の変化に繋げるという好循環が生じ始めているのではないかと考えている。

1対1の関係こそがすべてのはじまり

最後に私が個人的に意識していることを書いておきたい。

「組織」というと抽象的な存在に感じてしまうが、実際にコミュニケーションを取る相手は1人の人間だということだ。相手が組織の一員であると同時に、自分自身もまた組織の一員であり、この「2人」の関係こそが個と組織の関係を考える上での最小単位になる。

組織人でありながら個人の名前でも仕事をするという今の自分の働き方の礎になったのは、入社時のトレーナーだった現在の上司との関係だった。

仕事のノウハウは彼を通して身につけたし、折に触れてのフィードバックにより「自分がどのように見られているか」ということを気づかせてくれた。人は信頼されると信頼を返すようになるというが、私が彼を信頼するようになり、そこから結果が生まれ、彼も私を信頼してくれるようになった。

そうしてできた関係があったからこそ小さな挑戦が可能になり、その積み重ねで今がある。結果から見れば大きな変化に見えるが、どの瞬間もはじめは小さなものだった。

自分が立ち上げた組織での経験を省みても、個と組織の関係を考えるということは、すなわち「2人」の信頼関係をいかに築くかということなのだと感じる。

個人と組織の関係は変化し続ける

こうして振り返ってみると、いまの働き方を実現する上で自己認識が重要だったかがあらためてよく分かった。何を大切にし、どのような自分であろうとするかという内的自己認識はもちろん、知人や家族、様々な人たちのおかげで外的自己認識が進み、組織との関係性を深めることができた。

insight』の中で「生涯をかけての旅(434頁)」という表現が出てくるが、今回振り返ってきた私と組織の関係もこれで完成ではなく、変化し続けていくのだろう。

「自己認識」の本と紹介されて、「概ね知っている内容ではないだろうか」という思ったことは否めないし、そういう部分があったことも事実だ。ただ「持っているものを手放すと落ちる」ということを知っているのと、「重力」という概念を知っているのでは、世界の見え方が全く違ったものになる。

この本は、自分のこれから先の人生における「重力」のような、そんな一冊になった。

執筆者プロフィール
タムラカイ
富士通デザイン株式会社 デザイナー/グラフィックカタリスト/ラクガキコーチ。グラフィックカタリスト・ビオトープ 発起人・突破担当。NPO法人SOMA 副代表理事・PRディレクター。
「世界の創造性のレベルを1つあげる」をミッションとして、人材育成や組織マネジメント、チームビルディングについてのワークショップや、オリジナルのツール開発などを行なう。
自身の経験をベースに「ラクガキ」から生み出したコミュニケーションメソッド「エモグラフィ」や、グラフィックレコーディング・ファシリテーションなど、「描く」という表現行動を用いた分野ではトップランナーの1人として、大型カンファレンスや様々なイベントなどで活躍している。


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仕事での成果や良好な人間関係、そのカギは「自己認識」にある。しかし、多くの人は思い込みにとらわれ、自分の可能性を狭めてしまっている。ビジネス界でも活躍する組織心理学者が膨大な先行研究と自身の研究・実践から、自己認識の構造を理論的に解明し、思い込みを乗り越え、より深く自分を知るための方法を伝える。


◆各界のプロフェッショナルも大絶賛!!
「自己認識、内省、および自分と向き合う方法に対する世間の考えは、
基本的に間違っていて役に立たない。そうした情報を信じて、私生活でも仕事でも好ましくない行動を続けてしまう人が多い。自身の経験と膨大なリサーチをもとに、ユーリックは真のインサイトにいたる方法、つまり自分自身を変え、仕事で関わる周りとの関係を変革する方法を明らかにする」
──エド・キャットムル(ピクサー・アニメーション・スタジオ共同創設者、『ピクサー流 創造するちから』著者)

「単なる一過性のスキル・ノウハウ本ではない。根底から自己認識の大切さを紐解き、誰もが一生をかけて、本気で向き合っていかなければならい自己を知るためのガイドラインとなっている」
──中竹竜二(本書監訳者、株式会社チームボックス代表取締役、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)
【目次】
第1章 二一世紀のメタスキル
<第1部 基礎と障壁>
第2章 自己認識の解剖学―インサイトを支える七つの柱
第3章 ブラインドスポット―インサイトを妨げる目に見えない心のなかの障壁
第4章 自分教というカルト―インサイトを阻む恐ろしい社会的障壁
<第2部 内的自己認識―迷信と真実>
第5章 「考える」=「知る」ではない―内省をめぐる四つの間違った考え
第6章 本当に活用可能な内的自己認識ツール
<第3部 外的自己認識―迷信と真実>
第7章 めったに耳にしない真実―鏡からプリズムへ
第8章 予想外の厳しいフィードバックを受け止め、向き合い、行動に移す
<第4部 より広い視点>
第9章 リーダーがチームと組織の自己認識を高める方法
第10章 思い込みにとらわれた世界で生き抜き成長する
監訳者あとがき(中竹竜二)


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連載:『insight』私はこう読んだ。
「自己認識」をテーマとした書籍『insight』。本書をベースとして、各界で活躍する方々に、「自己認識にどのような意味を見いだしてきたか」など、様々な観点から語っていただきます。

─ 連載記事一覧 ─
第0回:連載「『insight』私はこう読んだ。」を始めます。
第1回:『insight』の第1章(前半)を全文公開します。
第2回:『insight』の第1章(後半)を全文公開します。
第3回:人生で3冊目の「自己啓発本」(太田直樹)
第4回:キャリアとは自己認識についての仮説構築と検証のプロセスである(篠田真貴子)
第5回:リーダーの自己認識が変われば、チームは変わる(小竹貴子)
第6回:自己認識から考える、個と組織の「4つの発達段階」(タムラカイ)
第7回:僕が変わらなければ組織は変わらない(株式会社コルク代表 佐渡島庸平さんインタビュー)

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