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運動会の一場面が、経営観を変えることだってある(原田英治)

著者は現在、東京のオフィスを離れて島根県の海士町に暮らしている。未知との出合いにあふれる離島生活。だが意外にも、日本中どこでも見かけるような光景の中に、自身の思考を揺さぶる発見が眠っていた。些細な出来事を学びに昇華する、著者の洞察力が垣間見えるエッセイ。
連載:離島から会社を経営する

最後の椅子は誰が座る?

先日、PTA主催の運動会に参加しました。場所は海士小学校の体育館。全校生徒約50名と、その保護者、教員がほぼ全種目に参加します。スリッパ飛ばしなどの珍しい種目に、子供も大人も大盛り上がり。

この運動会で興味深い場面に遭遇しました。それは保護者の男性だけが参加する椅子取りゲーム。椅子の周りを周回し、音楽が止まったら椅子に座るというお馴染みの遊びです。私も参加しましたが、最後の1つの椅子を争う決勝戦には残れず。あー残念。

さて、決勝戦。20名以上から勝ち残った強者3名は、音楽が始まると、お互いに「どうぞ、どうぞ」と椅子を譲るポーズを見せながら、周囲の笑いを誘いながら、椅子を周回していきます。

そして音楽が止まった瞬間、本当に椅子を譲り合ったのです。誰も椅子に座りません。「これは海士町のお約束?」と目を疑いました。再び音楽がかかると、またも譲り合う3人。ようやく一人が意を決し、椅子に座りガッツポーズ。

これは一体、なんだったのか?

島のひとにこの運動会の話をすると、島の文化を表す隠岐相撲について教えてもらいました。それは人情相撲と呼ばれ、一番目は真剣勝負をしますが、二番目は一番目の勝者が勝ちを譲り、一勝一敗にするのが伝統だそうです。一人勝ちをよしとしないのが、この島の文化なんだと。

一人勝ちを避けることの意義とは何なのでしょうか?

離島にはたくさんのハンデがあります。そのなかで、誰かに勝つための戦略よりも、自分たちが生き残る戦略を優先させてきたのかもしれません。誰かを打ち負かすことよりも、この島の資源や周囲と共生することで生き残ることこそが、本当の勝利なのではないか。

私の中の「勝利」に対する考えに広がりを覚えた瞬間でした。

この運動会での出来事をきっかけに、自分には「勝負では勝つことがすべて」と考える癖があることに気づかされました。その癖は、子供の頃に父から教わり、自分の勝負勘を培った囲碁の影響なのかもしれません。ちなみに今も、土曜の午後には海士町中央公民館で島の先輩たちと囲碁を楽しんでいます。

潜在的な意識の言語化が、表現力を磨く

英治出版の戦略はこうである、と明確にしたことはありません。しかし振り返ると、「絶版にしないこと」は生き残る戦略であったように思います。

絶版にしないというのは、創業時に大手や老舗の出版社に対するアンチテーゼとして言い始めたこと。しかし、大手や老舗に打ち勝とうという意識はなく、まさに「生き残る」戦略。そして、後から参画した英治出版メンバーたちによって、「絶版にしない」は長く活動する著者を長く応援することに昇華した。結果、ロングセラーが増え、自分たちの事業に長期的に貢献している。この戦略を意識的に立てた覚えはないのですが。

創業当初から無意識に自分の中にあった「勝者になる喜びはあるが、敗者をつくることに喜びは感じない」という感覚。身体のどこかで感じていたことを言語化する機会を、今回の運動会の出来事から得たように感じます。

さて、これから英治出版はどんな勝ち方をしたいか?

以前、慶應SDMの前野教授に「幸福な社会において競争は必要でしょうか?」と聞いたことがありました。前野教授の答えは「競争は必要」。その理由は明瞭には思い出せないのですが、相手を打ち負かすための競争ではなく、競争関係が生み出す切磋琢磨に価値があるという趣旨であったのだと、私は解釈しています。

英治出版は、これからも勝利を重ねていきたい。でもそれは、誰かを打ち負かす勝利ではなく、自らの置かれた環境の中で切磋琢磨することで、結果として生き残っていく勝利。それは勝利というより、「進化」と呼ぶにふさわしいのかもしれません。

海士小学校の運動会で思いがけず、「勝利」という言葉の意味合いをアップデートすることができたように思います。潜在的な意識を顕在化する機会と出合うことで、表現力は磨かれる。それは、自分たちが本作りのプロセスで著者と実践していることなのかもしれません。

次は一体どんな思考の変化が生まれるか。自分のことでありながら、ちょっと他人事に、その変化を楽しみにしている自分がいます。

原田英治(はらだ・えいじ)
英治出版株式会社 代表取締役。1966年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、1999年に英治出版を共同創業。創業時から「誰かの夢を応援すると、自分の夢が前進する」をモットーに、応援ビジネスとして出版業をおこなっている。企業や行政、自治体、NPOなどでの講演も多数。第一カッター興業社外取締役、AFS日本協会評議員、アショカ・ジャパン アドバイザー。(noteアカウント:原田英治
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創業20年目の節目に、生活の拠点を島根県・海士町に移した著者。地方創生の先進地として知られ、全国から大勢の人が訪れる海士町での暮らしは、経営者としての思考や価値観にどんな影響をもたらすのか。1年にわたる島暮らしでの気づきを綴る。

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