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新刊『組織の壁を越える』の「はじめに」を全文公開します。(EIJI Books)

●EIJI Booksとは?
英治出版の本の著者や編集者へのインタビュー、本文公開、対談などを通して「いい本とのいい出合い」を増やすコーナーです。

●『組織の壁を越えるーー「バウンダリー・スパニング」6つの実践』とは?(2018年12月発売)
組織の壁を越えて活躍する「越境人材」への注目が高まっています。しかし、ある調査では86%の経営層が「組織の壁を越えて仕事をすることがとても重要」と答えたにもかかわらず、「効果的にそれが実践できている」と回答したのは、わずか7%

とても重要だと認識されているにもかかわらず、その方法論が明らかではないのが現状です。本書はその疑問に答え「実務家が組織の壁を越えていくために、どういう実践がありうるのか」を伝えてくれる一冊です。

2019/1/28(月)『組織の壁を越える』出版記念イベントを開催します。
組織コンサルタントであり本書の解説者でもある加藤雅則さんと、AGC株式会社の金井厚史さんをお招きし、出版記念イベントを開催いたします。

近年、AGC株式会社は収益構造の変革を行い、業績も好調。また、そうした「戦略」面だけではなく、縦割り組織にヨコ串を刺すなど、「組織」の改革にも積極的であることが知られています。本書を素材にしつつ、組織改革の最前線で活躍されているお二人の対話を通じて、「なぜ組織の壁は越えられないのか。どうすれば越えられるのか」を探究します。

イベントの詳細・申込はこちらから。


組織の壁を越える
はじめに


いまのグローバルな世界は境界がなくフラットだと言われるが、人間関係にはまだまだ厳然たる境界や制約があるというのが私たちの認識である。

トーマス・フリードマンのベストセラー『The World Is Flat』が2005年(訳書『フラット化する世界』は日本経済新聞社より2006年)に刊行されて以来、ビジネスの世界はけっしてフラットではなかった。グローバル金融危機、気候変動、エネルギー危機、政情不安に宗教不安……。なぜ世の中はますますでこぼこ化するのか? 

もちろん答えはひとつだけではないが、いまや物理的世界のつながりが人間同士のつながりを凌駕した感がある。インターネットやコラボレーション技術の進歩により、人々の協業を妨げていた物理的境界の多くが取り払われる一方、人間関係の境界はいまなおくっきり存在しつづけている。

フラットな世界では、集団間の境界を橋渡しするのがリーダーの新しい重要な仕事である。

われわれがいま直面する重要課題は相互依存の関係にあり、各集団が一致協力することでしか解決できない。企業や政府、組織、コミュニティが現状の問題を解決し、新たな機会を実現するためには、リーダーは集団の境界やアイデンティティを越えて考え、行動しなければならない。

「バウンダリー・スパニング・リーダーシップ」は、より高いビジョンやゴールをめざし、集団の境界を越えて方向性、団結力、責任感を築く能力である。それにはまず、垂直・水平方向の境界、ステークホルダーとの境界、人口属性の境界、地理的な境界に対する理解を新たにしなければならない。

そのためには「バッファリング(Buffering, 和らげること)」「リフレクティング(Reflecting, 映し返すこと)」「コネクティング(Connecting, つなげること)」「モビライジング(Mobilizing, 結集させること)」「ウィービング(Weaving, 織り合わせること)」「トランスフォーミング(Transforming, 変容させること)」という6つの実践が必要である。そしてその結果、いまある境界があすには限界なきフロンティアに変化する。

私たちが学んだのは、異なる集団が衝突し、交わり、つながる場所には、無限の可能性や素晴らしい成果を引き出す連結点が形成されやすいということだ。集団をつなぐネクサスには、喫緊の問題を解決するための方向性、団結力、責任感が築かれる。イノベーションを促すための新たな協業が築かれる。あなたの仕事、事業、コミュニティを変えるチャンスがそこには待っている。

私たちはどのようにしてこの結論にたどり着いたのか? どのようにして「バウンダリー」を、境界や限界としてだけでなく、先進的・画期的な思考が存在するフロンティアとして捉えるようになったのか? 

そこへ至る道のりでは、私たち自身が著者として境界を越えて協力する必要があった。10年間のハードワークが必要だった。その途上、やはり制約に直面した。それは私たち自身のなかの制約であり、全世界のあらゆる同業者たちとの協働につきまとう制約である。

世界の6つの地域(アフリカ、アジア、ヨーロッパ、中東、北米、南米)にまたがる研究プロジェクトを行う共同チームの一員として、私たちは境界を越えるのが一筋縄ではいかないことを経験的に知っている。だがまた、集団をつなぐネクサスに、新しいアイデアやわくわくする可能性が現れることも身をもって理解している。

しかし何よりも、私たちはあなたのような人たち――境界を越えて考え行動しようとするリーダー――から学んできた。世界中のリーダーおよび彼らの組織と仕事ができたのは、とても光栄なことだった。そしてそれは、研究者として、実務家としての私たちの思考に大きな影響を与えた。

研究者としては、得られたデータに衝撃を受けた。私たちは、2,800を超える調査回答と300近いインタビューのデータベースを作成した。多くの国にまたがり、多くの方法が関わるプロジェクトだったため、たったひとつの国、たったひとつの方法を用いた場合よりも包括的で力強い結論を引き出すことができた。

そのデータを分析し、他の分野の研究や理論と照合した結果、リーダーがもっと大きな目標を達成するためにさまざまな境界にまたがって――世界中のいろいろな文脈や文化を越えて――行動する必要がある場合、本書で紹介する6つの実践が必ず役に立つことがわかった。

実務家としては、得られたストーリーに感銘を受けた。全世界のリーダーから聞いたストーリーには重要な教訓が含まれていた。それはリーダーシップへの新しいアプローチを示す道しるべである。CCLのチームが集めたデータ、私たちが見直した既存の理論や研究が本書執筆の土台になった。

しかし、リーダーたちの生のストーリーを聞いて私たちは、重要な意味を持つだけでなく、行動のヒントにもなるような本を書けると確信した。自分たち自身の境界を越えて思考・行動し、現状を打破し、新しいやり方を試すことができるはずだと気づかされた。そして、これらのストーリーは他の人たちにも同じ影響を及ぼすことができると思いはじめた。

ドナは南アフリカのストーリーにとりわけ心を動かされた。ある大手保険会社(仮にA保険としよう)の黒人グループと白人グループのあいだに根強い壁が存在することを知った。A保険のような企業の社員はいまなお、ネルソン・マンデラが大統領に選ばれた1994年の「激変」――アパルトヘイトや50年近くも法的に認められた人種差別の終焉を予感させた――と折り合いをつけきれずにいる。第4章で見るように、政権交代は文字どおり一夜にして起きたが、同社のリーダーや社員は、人心を変えるにはまだまだ時間がかかることを思い知らされている。ドナは言う。

「A保険のリーダーが経験している痛みや、彼らが社内の深い溝を埋めるための十分な環境を与えられていないことに心を動かされました。私はこの10年、研究・執筆・教育活動を通じて、リーダーは差異をメリットや競争上の強みと捉えるべきだと言ってきましたが、南アフリカの話を知って、差異を越えた協力がいかに難しいかを本当に――おそらくは私のキャリアのなかで初めて――理解することができました。

テクノロジーは協力を可能にする要因ではあるけれど、それ自体が答えではないことがはっきりしました。答えはもっと深いところにあります。われわれは、人の心を分断しつづける境界線の心理的・関係的な側面に対応できる能力を身につけるまで、今後も境界を越えて手を携えるのは難しいでしょう。学生たちやリーダーがこうした境界を克服する力を身につけ、集団同士の協力がもたらすポテンシャルを活かせるよう、私は学者そして教育者としてもっとできることがあると気づきました」

クリスはインドのNPO「チャイルド・リリーフ・アンド・ユー(CRY)」のリーダーたちや、彼らに聞いたストーリーを忘れることはないだろう。彼は言う。

「バンガロール、デリー、カルカッタ、ムンバイ、あるいは地方のさまざまなオフィスで、2週間にわたってCRYのスタッフにあわただしくインタビューをしました。CRYは支援対象である子どもたちの近くにいることを重視してインドの貧しい地域にオフィスを置いているので、移動には飛行機、列車、バス、タクシー、モペッド、トゥクトゥク、自転車タクシーなど、ありとあらゆる交通手段を使いました。各地のオフィスに着くと、そのオフィス独自の活気をすぐに感じ取ることができます。

でもインタビューをしていると、そうした地域ごとの特色を越えた連帯感みたいなものがとても大きいのだとわかります。それぞれのオフィスにはその集団ならではの経験や経歴、専門性があるのですが、第8章で述べるように、CRYは地域ごとの境界を越えて創造的に協力しあい、胸躍る新たな戦略的フロンティアを実現していました」

「インドでリーダーたちに教わったストーリーから、私は仕事上の大きな刺激を受けました。当時、私はCCLのシンガポールオフィスに駐在していました。仕事は、アジア太平洋地域でCCLの研究・イノベーションユニットを立ち上げること。それには中国やインド、東南アジアから集まってくる研究者をマネジメントしながら、ヨーロッパや米国におけるCCLのグローバルな研究活動にもキャッチアップしなければなりません。

わが研究チームは3年間で(CRYのように)さまざまな分野の経験や専門性を統合し、新しい可能性を実現することができました。各人の文化的体験を共有する、メンバー間で依頼や自慢をし合う、共通の関心事について深掘りする、などの日常的なチーム活動が、新しい知見や貴重な成果につながることもしばしばでした」

「しかし率直に言って、そうした幅広い文化や経験、専門分野を越えてチームをまとめるのは大変でした。どうしていいのかわからず途方に暮れ、自分の限界に苛立ち、この先どうなるのか心許なく感じる時もありました。そんな時はインドで聞いた話に勇気づけられました。そうしたストーリーと、わがチームが実現した数々の成果を思い出して、集団をつなぐネクサスで何が起こり得るのかをあらためて自分に言い聞かせました」

私たちは、研究者および実務家としての10年間の活動を通じて、かつてないほどでこぼこな(非フラットな)世界でリーダーが直面する多くの課題を鳥瞰できるようになった。本書では、その間に学んだこと――成功のカギ、避けるべき落とし穴――をお伝えしたい。

バウンダリー・スパニング・リーダーシップは、個人、集団やチーム、そしてもっと大きな組織やシステムのなかに、そしてそれらの枠組みを越えた場所に存在する。私たちが焦点を当てるのは、あなただ。あなたがバウンダリー・スパニング・リーダーシップの協創的なスキル、考え方、行動をどうマスターするかだ。

企業のCEO、中間管理職、プロジェクトマネジャー。NPOのスタッフ、地域のまとめ役。人事の専門家、教育者、コンサルタント。いろいろな仕事があるだろう。ブラジル、中国、ドイツ、米国。働く場所もさまざまだろう(1年間にその4カ国すべてで働いたという人もいるかもしれない)。

でもそれらに関係なく、私たちが伝えたいコアメッセージはひとつである。すなわち、先に挙げた6つの実践により、いまある境界線を限界なきフロンティアに変え、革新的なソリューションを生み出し、組織を成功へ導くことができる――。つまり本書のほかならぬねらいは、集団をつなぐネクサスであなたが優れた成果をあげられるようサポートすることである。

はっきりさせておこう。バウンダリー・スパニング・リーダーシップにはそれなりの覚悟がいる。組織図の縛りを外れ、ステークホルダーの利害を度外視し、所属する部門や集団の壁を越えてリーダーシップを発揮するのは容易ではない。「私たち」と「彼ら」の壁を越え、「私たちみんな」をめざすには、たゆまぬ努力が必要である。

あなたという人間を形づくる文化的、組織的、宗教的、政治的、国家的な世界観から抜け出し、身近な場所で起こるアイデアの衝突を受け入れるのは生半可なことではない。

それでも、バウンダリー・スパニング・リーダーシップは実行可能である。米国南東部の田舎町から香港のきらびやかな摩天楼まで、あるいは近代シンガポールの高台からヨルダンの雑踏まで、バウンダリー・スパニングのリーダーが、人々を分断する境界を無限の可能性や別の未来に転換しているさまを、私たちは研究させてもらうことができた。

フラットな世界の境界線をナビゲートし、複雑で不透明な時代に適応するための新しい知見や実践を、本書が提供できればと思う。本書で紹介するアイデアをぜひ実行に移し、みんながもっと協力しあえる未来を築いてほしい。

世界中のリーダーたちが語ってくれたストーリーの持つ危うさと明るい展望、その両方を体感してほしい。私たちが彼らのストーリーに鼓舞されたのと同じくらい、読者のあなたもそのストーリーに刺激を受けることを願っている。

クリス・アーンスト Chris Ernst
ビル&メリンダ・ゲイツ財団のディレクター(原著執筆当時は、Center for Creative Leadershipのシニアファカルティ)。多様な文化、組織におけるリーダーシップ研究を専門とし、研究から得られた知見を実践につなげるための活動を積極的に行っている。ノースカロライナ州立大学で産業組織心理学の博士号を取得。

ドナ・クロボット=メイソン Donna Chrobot-Mason
シンシナティ大学准教授(心理学)。同大学の組織リーダーシップセンターのディレクターを務める。ダイバーシティとリーダーシップにまたがる研究を行っている。ジョージア大学で応用心理学の博士号を取得。

組織の壁を越える――「バウンダリー・スパニング」6つの実践』の「はじめに」をお読みくださり、ありがとうございます。次回は本書の概要が把握できる「序章」の全文公開をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。
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