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『自主経営組織のはじめ方』① 訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)

ティール組織の3要素の中でも、とくに注目を集めるのが「自主経営(セルフ・マネジメント)」です。しかし、実践的・体系的なノウハウはまだ少なく、特に日本ではほとんど紹介されていませんでした。
2020年2月出版の『自主経営組織のはじめ方──現場で決めるチームをつくる』は、ティール組織の代表例である<ビュートゾルフ>の組織づくりにも関わったコンサルタントが、15年間にわたる知見を凝縮した一冊です。そして翻訳は、連載Next Stage Organizationsの執筆者である嘉村賢州と吉原史郎。全7回にわたって、日本語版に特別に追加した「訳者まえがき」と「コラム」をお届けします。

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『自主経営組織のはじめ方』訳者まえがき

2018年1月に新しい組織の潮流を示した『ティール組織』(英治出版)が発売され、これまでにビジネス書大賞などを多数受賞して注目を集めました。また、ここ数年のあいだ、日本企業の事例やティール組織の実践を説く本も多く出版されました。働き方改革に象徴されるように、日本全体が個人の生き方、働き方を見直しはじめているなか、組織も進化を求められていることの表れだと言えるでしょう。

こういった組織論が共感を得て広がっていくのは、とてもすばらしいことだと思います。しかし、あまりにも常識からかけ離れた内容に「ティール組織になりたいが、理想論すぎて実現できない」と実践をためらう声や、経営者が突然ティール組織化を進めようとして階層構造の撤廃や給料の公開などをおこない、組織が混乱状態に陥ってしまったという声もよく聞きます。

では、どうすれば実践の一歩を踏み出せるのか? 本書は、こういう問いを持つ方々に対してひとつの具体的な実践論を示してくれます。著者の二人は、書籍『ティール組織』の中でも大きく取り上げられたビュートゾルフのコンサルタントをしていた人物です。ビュートゾルフは4人の看護師が2006年に立ち上げた訪問医療・看護の組織で、2020年現在は1万人を超える規模に成長しています。医療という、ときには厳しい現実とも向き合う業界でありながら、ビュートゾルフはオランダにおいて全業種を超えて最高レベルの従業員満足度で表彰されるなど、組織づくりの面で非常に注目されているのです。

著者の二人はビュートゾルフだけでなく、15年以上にわたってさまざまな業種・規模の組織の自主経営化に携わってきた実績があります。その知見が凝縮された本書は、実践に向けた確かな手がかりを提供してくれるでしょう。


今回、日本語版の出版にあたり『自主経営組織のはじめ方』というタイトルをつけました。原題は「Self-management(セルフ・マネジメント)」ですが、カタカナの「セルフ・マネジメント」だけだと、日本においては「一人ひとりが自分を律することができる」と個人の文脈で解釈されることが多いと感じています。そのため、『ティール組織』内の訳語である「自主経営(セルフ・マネジメント)」を踏襲しました。

ティール組織についてよくある誤解のひとつは、「自分を律することができる優秀な人たちが集まる組織でしか実現できないのではないか」というものです。実は、ティール組織の文脈においてSelf-management(セルフ・マネジメント)が表しているのは、個人のあり方ではなく組織構造のことなのです。「一人ひとりあるいはチーム単位の意思決定を中心にすえた組織構造になっている」という意味であり、権力が上部に偏っている階層構造と対照的な概念として捉えるほうが適切でしょう。


さらに補足すると、『ティール組織』の中では概ね二種類の自主経営(セルフ・マネジメント)組織が紹介されています。「個人主導型」と「チーム主導型」です。個人主導型は、一人ひとりが助言プロセス(本書の<コラム8>を参照)などを活用して自由に意思決定を進めながらも、集団としてまとまりのある活動を実現している組織です。世界中に広がっている「ホラクラシー」という手法や、アメリカ最大のトマト加工会社モーニングスターの運営方法などがそれにあたります。

一方でチーム主導型は、現場のチーム単位が意思決定権を持っている組織で、先述したビュートゾルフや、グローバルに展開するエネルギー会社AESが代表的な事例です。

その意味で本書の内容はどちらかと言えばチーム主導型に焦点があたっていますが、「自己組織化の原則」「フレームワーク」などの考え方や、SDMIのようなコミュニケーション手法は、どのような組織のあり方を目指すにしても、普遍的な示唆を与えてくれるでしょう。


この本はきわめて実践的なやり方を提供していますので、今後ティール組織のような現場主体の流動的な組織を実現したい経営者、その構築を担っている経営企画や人事部門の担当者、あるいは自分たちで自由な組織をつくりたいチームのリーダーやメンバーの方々にとって、次の一歩を後押ししてくれるでしょう。同時に、本の中盤から後半にかけては組織内のコーチのあり方、日々のミーティングのやり方、対立の乗り越え方などについても、具体的な方法論とともに示されています。

そういう意味では、外部からの支援者として組織づくりをサポートするコーチやコンサルタントにとっても実務的なヒントが詰まった本と言えます。


また、日本語版の独自コンテンツとして、著者の許諾を得て私たち翻訳者によるコラムをいくつか追加しています。私たちは2015年にティール組織の考え方と出合ってから、日本において組織進化の探求と、さまざまな組織の実践支援をおこなってきました。多くの失敗も経験するなかで、大切なのは「手段」よりも「どんなあり方で組織と向き合うか」だと感じています。本書への理解を深め、より地に足のついた実践に活かすヒントとして、ティール組織の理論的背景や、私たちの経験から得られた学びを共有させていただきました。ぜひご活用ください。


この本をきっかけに、働く人々が組織内のしがらみに振り回されることなく、本来の仕事の喜びに触れながら、豊かな人生を送ることができる社会に近づいてほしいと願っています。そんなうねりの一翼を担えれば、訳者として大きな喜びです。

嘉村賢州、吉原史郎


連載「Next Stage Organizations」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)

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Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。

第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を──ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本

-----『自主経営組織のはじめ方』無料公開-----
第7回:訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
第8回:新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
第9回:自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
第10回:組織のDNAを育む:第6章コラム
第11回:グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
第12回:ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
第13回:情報の透明化が必要な理由:第9章コラム

連載著者のプロフィール

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嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ!プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)。

吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。

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