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『自主経営組織のはじめ方』② 第1章コラム:新しい組織論に横たわる世界観(嘉村賢州)

ティール組織の3要素の中でも、とくに注目を集めるのが「自主経営(セルフ・マネジメント)」です。しかし、実践的・体系的なノウハウはまだ少なく、日本ではほとんど紹介されていませんでした。
2020年2月出版の『自主経営組織のはじめ方──現場で決めるチームをつくる』は、ティール組織の代表例である<ビュートゾルフ>の組織づくりにも関わったコンサルタントが、15年間にわたる知見を凝縮した一冊です。そして翻訳は、連載Next Stage Organizationsの執筆者である嘉村賢州さん、吉原史郎さん。全7回にわたって、日本語版に特別に追加した「訳者まえがき」と「コラム」をお届けします。

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『自主経営組織のはじめ方』第1章コラム
新しい組織論に横たわる世界観

本書の内容は、『ティール組織』と非常に親和性が高く、実際に著者同士も長年の親交があります。『ティール組織』で著者のラルーは、新しい組織が生まれた時代背景について論じ、その特徴のひとつとして「自主経営(セルフ・マネジメント)」を挙げています。その事例で、本書の著者が組織開発に携わってきたビュートゾルフも大きく取り上げられています。

その意味で、ティール組織の理論的な背景を知れば、本書の立体的な理解に役立つでしょう。


「新しい組織」の時代が始まる

近年、世界各地で、ユニークな構造や慣行を採用する組織が注目を浴びています。特に、階層構造を捨て去ったブラジルのセムコ社や、「ホラクラシー」という手法を取り入れた靴の販売会社ザッポスが有名でしょう。

日本でも「サイコロ級」や「ぜんいん人事部」といった人事制度を展開する面白法人カヤックや、社内のあらゆるルールを撤廃して自由な組織づくりを追求するダイヤモンドメディア、株主総会を一般に公開し、短期的利益より理念の追求を宣言して上場会社のあり方を問い直そうとするサイボウズなど、新しい試みが増えてきました。

さまざまな事例があるものの、共通しているのは、「組織の捉え方(パラダイム)」が従来とは完全に異なっている点です。まさに今、価値観の大きな変化と、組織の進化が起こっていると言えましょう。

その変化とは、組織を「機械」から「生命体」へと捉え直すことです。組織を「機械」と捉える背景には、「予測と統制」という前提があります。「緻密にデータを集めて分析をおこなえば、未来は予測できる」し、「徹底的に考えられた戦略や計画をつくれば、安定して成果を生み出すことができる」という考え方です。産業革命から高度経済成長時代には、この前提のもと、多くのマネジメント手法が生み出され、大きな成果をあげてきました。

しかし現代は、不安定・不確実・複雑・曖昧なVUCA時代と言われるように、外部環境の変化が速く、先の読めない時代です。さらに、メンタルヘルスの不調、数値改竄(かいざん)や忖度など、企業ではさまざまな問題が噴出し、組織は頭で描いた計画どおりには統率できないという認識が広がっています。

そこに登場したのが、組織を「生命体」と捉える考え方です。しなやかで(レジリエンス)、困難な環境においても予測を超える進化を生み出す(アンチフラジャイル)ような組織が、これからの時代を生き残るという考え方です。

「機械」の捉え方では、うまくいっている他の組織のやり方を踏襲することで再現性を図ろうとしてきました。しかし「生命体」の捉え方では、組織にはそれぞれ独自の進化が必要だと考えます。自然界には無数の生物の種があり、また人間も一人ひとりが違うのと同じことです。そのため、メンバー一人ひとりが「ありたい姿」を探求し、発見していくプロセスを重視しているのです。


組織はどのように進化してきたのか

では、このような組織の進化は、なぜ起こるのか。

それを解き明かそうとしたのが『ティール組織』です。『ティール組織』では、組織の歴史を、原始から現在にいたるまで、5つの段階で説明しています。


1つ目の「衝動型(レッド)組織」は、「一人のトップがすべて」という原始的な方法論で、部族の時代に生まれました。

現代ではギャングやマフィアのような組織です。短期志向で、スラムや破綻国家といった非常時や敵対的な環境に適しています。面倒見がよいトップならいいですが、行き過ぎると「逆らえば罰せられる」という恐怖によって統制されています。


2つ目の「順応型(アンバー)組織」は、長期的な視点と正式な階層を持つ組織で、より社会が発展し、大規模な組織を運営するために生まれました。

現代ではカトリック教会、軍隊、公立学校システムが例に挙げられます。指示命令系統や業務フローなどが発明され、前例の踏襲と秩序の維持が重視されます。そのため、階層の上下間の移動が難しく、変化や競争には向いていません。


3つ目の「達成型(オレンジ)組織」は、産業革命以降に発展した、現在では最も主流となっている組織の形です。現状を客観的に分析し、改善をおこない、目標の達成に向けて動き、イノベーションを指向します。グローバル企業が象徴的でしょう。

科学的マネジメントが重視され、実力主義が発明されました。その結果、誰もが出世できるようになり、競争に勝つことが追求され、飛躍的に生産性が高まりました。

しかし、弊害も生じています。階層の複雑化による経営スピードの劣化、出世から外れることへの恐れ、機械部品のようにスキルや機能を要求されることによる虚無感などです。


4つ目の「多元型(グリーン)組織」は、権限委譲と多数のステークホルダーの視点を特徴とする組織です。社会的意義を追求する非営利組織や、パタゴニアのような文化重視の組織が挙げられます。対話の場が多く、組織文化や関係性を重視することでメンバーの高いコミットメントを実現しています。

しかし、多様な価値観をすべて受け入れようとしすぎると、意思決定に時間がかかったりします。また、組織が完全にフラットではないため、社長とそれ以外の溝が生まれやすいという短所もあります。


そうしたなかでラルーは、これまでにない新しい組織の事例を発見し、これを「進化型(ティール)組織」と名づけました。ラルーが驚いたのは、運営方法が新しいだけでなく、結果として「オレンジ組織」や「グリーン組織」を凌駕する売上や成果をあげている組織が多くあるという事実でした。

ラルーは、ティール組織が発明した3つの突破口(ブレイクスルー)を見出し、実際の組織でも、そのうちのいずれか、あるいはすべての要素を備えていると論じました。

3つの突破口(ブレイクスルー)とは、次のようなものです。

①自主経営(セルフ・マネジメント)
階層や合意(コンセンサス)に頼ることなく、同僚との関係性のなかで働く組織構造や仕組みがある

②全体性(ホールネス)
誰もが本来の自分で職場に来ることができ、同僚・組織・社会との一体感を持てるような風土や慣行がある

③存在目的(エボリューショナリー・パーパス)
組織全体が何のために存在し、将来どの方向に向かうのかを、つねに追求しつづける姿勢を持つ

これら3つは、すべてが必要というわけではなく、ラルーもすべてを満たす組織は少ないと述べています。しかし、私たち(嘉村・吉原)は現場の経験から、この3つの要素が有機的につながることで、生命体的な組織の実現に近づくということも実感しています。

本書には、とくに①の自主経営の実践に寄与する叡智が込められていますが、他の2つの要素も考慮すると、より本質的な実践ができるでしょう。詳しくは、<コラム2>をご参照ください。

嘉村賢州


連載「Next Stage Organizations」をお読みくださり、ありがとうございます。次回記事をどうぞお楽しみに。英治出版オンラインでは、連載著者と読者が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnote、またはFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。(編集部より)

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Next Stage Organizations 組織の新たな地平を探究する
ティール組織、ホラクラシー……いま新しい組織のあり方が注目を集めている。しかし、どれかひとつの「正解」があるわけではない。2人のフロントランナーが、業界や国境を超えて次世代型組織(Next Stage Organizations)を探究する旅に出る。

第1回:「本当にいい組織」ってなんだろう? すべてはひとつの記事から始まった
第2回:全体性(ホールネス)のある暮らし──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて①
第3回:リーダーの変化は「hope(希望)」と「pain(痛み)」の共有から始まる──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて②
第4回:「ティール組織」は目指すべきものなのか?──『ティール組織』著者フレデリック・ラルーさんを訪ねて③
第5回:ホラクラシーに人間性を──ランゲージ・オブ・スペーシズが切り開く新境地
第6回:『ティール組織』の次本

-----『自主経営組織のはじめ方』無料公開-----
第7回:訳者まえがき(嘉村賢州・吉原史郎)
第8回:新しい組織論に横たわる世界観:第1章コラム
第9回:自主経営に活用できる2つの要素:第2章コラム
第10回:組織のDNAを育む:第6章コラム
第11回:グリーン組織の罠を越えて:第7章コラム
第12回:ティール組織における意思決定プロセス:第8章コラム
第13回:情報の透明化が必要な理由:第9章コラム

連載著者のプロフィール

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嘉村賢州さん(写真右)
場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授、コクリ!プロジェクト ディレクター、『ティール組織』(英治出版)解説者。京都市未来まちづくり100人委員会 元運営事務局長。まちづくりや教育などの非営利分野や、営利組織における組織開発やイノベーション支援など、分野を問わずファシリテーションを手がける。2015年に新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)。

吉原史郎さん(写真左)
Natural Organizations Lab 株式会社 代表取締役、『実務でつかむ!ティール組織』(大和出版)著者。日本初「Holacracy(ホラクラシー)認定ファシリテーター」。証券会社、事業再生ファンド、コンサルティング会社を経て、2017年に、Natural Organizations Lab 株式会社を設立。事業再生の当事者としてつかんだ「事業戦略・事業運営の原体験」を有していること、外部コンサルタントとしての「再現性の高い、成果に繋がる取り組み」の実行支援の経験を豊富にもっていることが強み。人と組織の新しい可能性を実践するため、「目的俯瞰図」と「Holacracyのエッセンス」を活用した経営支援に取り組んでいる。

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