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勝負の10年。夢物語への想いを本気にさせてくれた言葉(三田愛)

2019年に出版10周年を迎えた『国をつくるという仕事』の著者であり、貧困のない世界を夢見て23年間奮闘してきた元世界銀行副総裁・西水美恵子さんとの対話会を、英治出版にて同年11月14日に開催しました。

世界中で貧しい人たちのもとを徹底的に歩き、彼らの盾となって権力者たちと戦い、世界銀行という巨大組織の改革に挑んだ西水さんの言葉や姿勢から、参加者は何を感じたのか──。

参加者の一人であり、地域・社会にシステム変容を起こすコ・クリエーション(共創)を研究する三田愛さん(コクリ!プロジェクト 創始者・ディレクター)に、その学びを綴っていただきました。
西水さんの衝撃的な一言から、三田さんが感じたこととは。

地球に残された時間は...?

「私は間に合わないと思っている」

地球と私たちに残された時間は少ないのではないでしょうか、という私の問いかけに対して、美恵子さん(西水さん)はゆっくりと、静かに、こう言われました。バージン諸島という自然あふれる環境で長年生活をする中で、美恵子さんは恐ろしい速さの変化を感じていらっしゃるそうなのです。

地球環境に関する多くの警鐘があっても、私はどこか「まだ大丈夫」と感じていました。でも、世界の様々な状況をご存じの美恵子さんからこの言葉を聞き、目が覚めたような感覚でした。ポジティブに前を向いていたけど、水をかけられたような、ハッとした感覚。

終末期ケアを行うホスピスのように、もしかしたら社会全体も、抗わずに死んでいく覚悟を持ったり、治療ではなく終わりを受け入れやすくするサポートに切り替えることが、どこかのタイミングで必要なのかもしれない、と初めて思いました。

と同時に、美恵子さんとの対話は、いま私が取り組み始めている「地球中心・生態系全体のコ・クリエーション」という研究・探究への意志が一層強くなった時間でもありました。

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失意もあれば発見もあった美恵子さんとの対話。その時間を通して感じたことを、ぜひみなさんと共有できたらと思います。

「人中心」から「地球中心・生態系全体」のコ・クリエーションへ

美恵子さんの著書『国をつくるという仕事』を拝読したとき、大きな志を持ち、壮大なミッションを背負いながらも、世界中の現場(人や暮らし)に驚くほどに寄り添い、権力と戦う姿に、「こんなかっこいい日本人女性がいるんだ!」と感銘を受け、同じ日本人女性であることを誇りに思っていました。また私自身が深く関わっている、島根県の海士町の大切な仲間たちからもよくお名前を伺っており、お会いしてみたいと思っていました。

そして今回、思いがけず英治出版の方から対話会のお誘いをいただき、「なんと光栄な機会!」と二つ返事で飛んでいきました。実は私はいま、「人生の第二幕が始まる」と感じるほど、大きな大きな変容の真っ只中にいます。そんな私にとって今回のお誘いには、「未来を示す何かが得られる」という直感があったのです。

美恵子さんとの対話から感じたことをお伝えする前に、私自身についてお話させてください。

私はコクリ!プロジェクトという、コ・クリエーション(共創)によって地域・社会にシステム変容を起こしていく研究コミュニティを主宰しています。人・組織・地域・自然などあらゆる存在が、本来持つギフト/可能性を最大限発揮し、ハーモナイズすることで、奇跡のような未来が出現する条件とプロセスを、コミュニティメンバーと共に9年間研究・社会実験してきました。

コミュニティメンバーは約300人。地域イノベーター・首長・経営者・官僚・農家・クリエイター・大学教授・社会起業家など、日常生活では出会わない多様な人たちが、根っこでつながって真の仲間となり、共感共鳴し、美しい意図につながって生成的に社会変容を起こしていく。

そのための土壌づくり・コミュニティづくり・場づくりを、リクルートライフスタイルじゃらんリサーチセンター研究員として2011年から取り組んでいます。

私は、様々な問題の根源は、人ではなく「構造」にあると感じています。

構造はどうすると変わるのだろう? 官僚と農家、大企業経営者とクリエイターなど、いままで接点のなかった人同士がお互いを深く理解し、多様な人たちやその背景・構造が作り出しているシステム全体を感じることで、見える・感じる世界が変わるのではないか?

そうした問いや願いを抱いて活動する中で、コミュニティメンバーの価値観が変わり、自己変容が起こり、結果として様々なプロジェクトが起こり、組織や社会が変容していく...そんな心打たれる場面をたくさん目にしてきました。

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そんなコクリ!プロジェクトの活動をDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューで紹介していただいたり、経済同友会で講演させていただいたりと、コ・クリエーションの研究・実践に確かな手応えを感じていました。

しかし9年目を迎えた2019年、私の中で新たな問いが現れました。

「人間中心で、無意識に他の種を消費・搾取してきた結果が、気候変動などの深刻な問題を引き起こしているのではないか?[1]」

「人間中心の機械的社会から、生態系・いのち・地球中心社会にパラダイムシフトする必要があるのではないか?[2]」

「これまでのコクリ!プロジェクトは、立場の違う人同士が深く理解し、共感し、応援し合う、自他非分離の感覚を持つことにチャレンジしてきた。でもこれからの社会でより大切なのは、他の種(植物、動物、自然)と自他非分離の感覚を持つことではないか?」

「日本人には八百万の神の感覚があり、3~5歳くらいまでは誰しも他の種との友達感覚を持っていて、社会生活の中で失っていたその感覚を取り戻すことが、いま地球に起きている様々な問題解決のために重要なのではないか?」

そんな思いから、次の研究にシフトすることを決めました。それが、人間だけでない生態系全体が調和し、共生・共存・共創する「地球中心・生態系全体のコ・クリエーション」です。

「それは私よりも木の長老に相談したほうがいいわ」

こうしたコクリ!プロジェクトの歩みと、地球中心・生態系全体のコ・クリエーションについてお話しすると、美恵子さんが「ふぅ~~~」と息を吐かれて一言。

「それは私よりも、どこかの原生林の木の長老に相談したほうがいいわ」

それを聞いて、「えぇぇぇ」と少し意気消沈。すると、「でも、なんだか自信になったわ」と美恵子さんご自身の不思議な体験を話してくださいました。長元坊(チョウゲンボウ)という、美恵子さんのご自宅の庭に住む鳥の夫婦の危機を救ったお話です[3]。

英領バージン諸島に美恵子さんご夫妻が移住されて間もない日のこと。ギャーギャーと、けたたましい鳴き声を聞き驚いて庭に飛び出ると、鳥が二羽、木によじ登る猫の頭上で大騒ぎ。美恵子さんは大声をあげながら駆け寄って猫を追い払い、「もう大丈夫。また来たら教えてね」と言うと、鳥たちは頭を上下に降りながら、美恵子さんに鈴の音のような甘い鳴き声を。

そこから長元坊たちとの関係が始まります。雛たちが生まれたら甘い鳴き声で美恵子さんを呼んで紹介してくれたり、猫や犬が侵入してくると、美恵子さんの家の最寄りの木に飛んできて「追っ払って」と騒いだり。猫と犬では鳴き声が違って、猫は「ネコネコ」、犬は「ワンワン」と聞こえるそう。

ある日、猫でも犬でもない叫び声を聞いて、何事かと旦那さまと2人庭に飛び出した。すると雄鳥が、まるで「僕についておいで」とでも言うように、美恵子さんの胸をかすめてゆっくり波を描くように飛んでいく[4]。長元坊の夫婦がそろって騒ぎ立てている木の下を探すと、蛇がとぐろを巻いていた。そして旦那さまが蛇を追い払い、長元坊は鈴の音を鳴らしてくれた。

この日を境に、金融業界出身でロジック重視の価値観だった旦那さまが、動物と会話することを理解されるようになったのだそうです。

画像8(美恵子さんの旦那さまであるPeter Wickhamさんが撮影した長元坊の若鳥。カメラを向けたPeterさんのほうを見つめています)

西水さんのあり方から感じた、他の種を大切に思える条件

人間以外の種とのコミュニケーションについて美恵子さんからお聞きし、「地球中心・生態系全体のコ・クリエーション」という研究・探究は間違ってない、という大きな自信になりました。

私はすべての人に、他の種を大切に思える(コミュニケーションできる)力が本来あると思っています[5]。それが現代社会の中で失われてしまっているだけじゃないか。その力が蘇る(思い出す)ことで、いろんな問題が解消するのではないか。他の種が友達であることを思い出すと、これまでの人間本位の思考と行動がきっと変わる。

そのために大切なことの一つが、「全体性を発揮すること」だと考えています。全体性という言葉を知ったのは、コクリ!プロジェクトで長年パートナーとして、共に実証研究を進めてきた嘉村賢州さんがきっかけでした。

賢州さんが解説者として日本に広めてきた『ティール組織』(フレデリック・ラルー著、英治出版)を読み、私は全体性を次のように解釈しています。

・仕事の自分、家庭の自分、プライベートの自分などがすべて非分離である
・つまり、その人が本来持っている自分らしさを多面的に発揮できる
・その本来の姿を互いにさらけ出し、認め合い、応援し合うことができる

この全体性の大切さを改めて気づかせてくれたのも、美恵子さんとの対話でした。

「いま人生で大切にしていることは何ですか?」という私の質問に、美恵子さんは「旦那さま♡」と、優しく、微笑みながら答えてくださいました。そのときの美恵子さんはとっても可愛らしく、まるで少女のようでした。

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かと思えば、先ほどの長元坊のお話をされていたときは、ほんとうに楽しそうで、無邪気な表情をされていました。一方で、世界銀行副総裁のご経験をもとにマネジメントやリーダーシップのお話をされているときは、きりっとした仕事人の顔。

そうした色々な表情を持ち合わせている美恵子さんの姿を見て、多面性の発揮こそが、他の種を大切に思える(コミュニケーションできる)条件なのかもしれない、と再認識したのでした。

未来への分岐点となる10年へ...

「私は間に合わないと思っている」

冒頭の美恵子さんの言葉は、控えめに言っても、私にとって衝撃でした。「美恵子さんも、そこまで深刻に思われているのか」と。

でも、長元坊とのエピソードをお聞きし、美恵子さんの多面性に触れ、隣に座ってじっくりお話しさせていただいたことで、襟を正し、精いっぱい自分がもらった命を生き切り、「地球中心・生態系全体のコ・クリエーション」を探究しようと心に誓いました。

「あのときの先祖はなぜこんな人間中心の自分勝手なことをし続けたの?」「まだ止められるかもしれなかったときになぜ変わらなかったの?」と数世代後の子孫に言われないように。

感覚としては、この10年、いや数年が大きな勝負であり、分岐点だと感じています。都市集中社会と地方分散社会の分岐も8~10年で起こると言われており、私たちの行動次第で、地球の未来は大きく変わっていくタイミングに、いま生きている、そんな未来への大きな責任がある世代だと思っています[6]。

少しずつ変化が起こり、あるときティッピングポイントを越えて、パタパタパタと世界が変わっていくことを信じています。オルタナティブな人々だけでなく、経済・政治・教育のメインストリームに生きる人々も、暮らし方、働き方、組織のあり方を変えていくことを信じています。

いやいや、それは夢物語だよ、と言われるかもしれない。でも私は、そんな夢物語を信じながら、自分自身のギフト/可能性を発揮し、パラダイムシフトを起こしたい。

本気のリーダーシップに火が灯りました。

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[1] 日本学術会議会長・京都大学総長の山極寿一氏による「地球温暖化への取組に関する緊急メッセージ」において、地球温暖化の抑制には人類の生存基盤としての大気保全と水・エネルギー・食料の統合的管理が必須であること、陸域・海洋の生態系は人類を含む生命圏維持の前提であり、生態系の保全は「地球温暖化」抑制にも重要な役割を果たすことが、研究データをもとに提起されています。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-d4.pdf
[2] 『ティール組織』著者のフレデリック・ラルー氏による来日講演において、農耕社会、工業社会と進化してきた人類がこれから目にするのは、すべての物事・種が複雑に関係し合い、循環し合う「生態系社会」であると提起されています。
https://business.nikkei.com/atcl/forum/19/00021/100300013/
[3] このお話は西水美恵子氏の著書『あなたの中のリーダーへ』の152頁にも登場します。
https://amzn.to/36Bv7ZD
[4] コーネル大学でアメリカチョウゲンボウに関する研究をしている専門家に西水氏が確認したところ、この波を描くように上下しながら飛ぶ行動は、夫婦間や、親鳥から子供たちに対しての場合のみ観察されるもので、「ついておいで」という命令的な意味を持っているそうです。
[5] 世界各国で翻訳されベストセラーとなっているネイチャー・ノンフィクション『樹木たちの知られざる生活』『動物たちの内なる生活』では、植物や動物たちの声に耳を傾け、交流してきた著者のエピソードが紹介されています。
https://amzn.to/2PjbY90
https://amzn.to/2YK6siG
[6] コクリ!プロジェクトのメンバーで、京都大学こころの未来研究センター教授の広井良典氏、日立京大ラボの方々にお話を伺いました。「8~10年くらい後に都市集中シナリオと地方分散シナリオの分岐が発生し、以降は両シナリオが再び交わることはない」
http://cocre.jalan.net/cocre/lab/interview_hiroi_1/

※本書著者の意向により上記書籍の印税はすべてブータンのタラヤナ財団に寄付され、貧しい家庭の児童の教育費等に役立てられます。タラヤナ財団とそれを設立したブータン王妃(当時)について西水さんが綴った「歩くタラヤナ」もぜひご覧ください。


執筆者紹介

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三田愛(さんだ・あい)
コクリ!プロジェクト 創始者・ディレクター
株式会社リクルートライフスタイル じゃらんリサーチセンター研究員
英治出版株式会社フェロー

リクルート入社後、人事組織系を専門とし、2011年より、熊本県黒川温泉などで地域研究「コクリ!プロジェクト」を始め、「山が動く」ようなシステム変容の方法論を開発。その後、社会の変容を研究する、地域イノベーター・首長・経営者・官僚・農家・クリエイター・大学教授・社会起業家等、多様な300名のコ・クリエーション(共創)コミュニティとなる。現在は、「地球のコクリ!」の研究に着手している。
経済産業省「地域ストーリー作り研究会」や国土交通省「ライフスタイルの多様化等に関する懇談会」委員などを歴任。
木や山など自然をこよなく愛し、東京と葉山の2拠点生活。男児の母。30年来書道を続けており(10段)、式典などのパフォーマンス書道も務める。神戸市出身。慶應義塾大学卒業。米国CTI認定プロフェッショナル・コーチ(CPCC)。

連載紹介

連載紹介バナー

元世界銀行副総裁・西水美恵子さんの著書『国をつくるという仕事』を2009年に出版してから10年。一国の王から貧村の農民まで、貧困のない世界を夢見る西水さんが世界で出会ってきたリーダーたちとのエピソードが綴られる本書は、分野や立場を問わない様々な方たちのリーダーシップ精神に火を付けてきました。10周年を機に、ぜひもう一度西水さんの言葉をみなさんに届けたい——。そんな思いから、本書の全36章より特選した10のエピソードを順次公開いたします。徹底的に草の根を歩き、苦境にあえぐ一人ひとりの声に耳を傾け、彼らの盾となって権力者たちと戦い続けた西水さんの23年間の歩みをご覧ください。

連載:いまもう一度、『国をつくるという仕事』を読む。
第1回:はじめに
第2回:カシミールの水【インド、パキスタン】
第3回:偶然【トルコ、バングラデシュ、スリランカ】
第4回:雷龍の国に学ぶ【ブータン】
第5回:売春婦「ナディア」の教え【バングラデシュ、インド】
第6回:改革という名の戦争【パキスタン】
第7回:神様の美しい失敗【モルディブ】
第8回:ヒ素中毒に怒る【バングラデシュ】
第9回:殺人魔【インド】
第10回:歩くタラヤナ【ブータン】
特別回:「本気」で動けば、何だって変えられる——著書『あなたの中のリーダーへ』、「はじめに」より

~西水さんとの対話会レポート~
三田愛:勝負の10年。夢物語への想いを本気にさせてくれた言葉
竹内明日香:いつの時代も、世界の変化は「草の根」から
宮崎真理子:組織拡大期のリーダーのあり方に光が差した夜
山中礼二:社会起業家を支える、社会「投資家」の本気のあり方
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