見出し画像

あなたのイノベーションの支援者は誰か(村瀬俊朗)

HondaJetが昨今メディアに取り上げられている。エンジンを胴体後部に取り付けずに、主翼上に設置して室内の広さと静けさを確保した画期的な小型ジェット機である。

しかし、このHondaJetは組織の手厚い支援のもとに開発されたわけではない。Hondaの主力製品に資源が集中するために開発資金や人的・物理的機会には恵まれず、社内からは「車会社が飛行機の開発をなぜ行うのか」などの非難があったという[1]。

組織の成長とともに、稼ぎ頭の商品・サービスに最適化した組織構造が生まれる。組織資源、そして社員や幹部の時間・意識は既存の事業に集中し、組織活動はルーチン化する。一方で、新しい活動に対する資源は配分されづらくなり、社内の創造的活動に対する支援や受容度は著しく低下する。

創造性における問題の一つは、あなたの組織が新しいアイデアの実現を阻害することにある。創造性は既存システムからの逸脱を必要とする。そのため、安定性や効率化を求める会社組織の中で創造性を発揮することは困難を伴う。

硬直化した環境で、チームのイノベーション活動を支援するためにリーダーは何を行わなければならないのだろうか。

イノベーション活動におけるリーダーの最大の役割

ラトガース大学教授のデボラ・ドウハーティと、メルボルン大学名誉教授のシンシア・ハーディは、企業の成熟がイノベーション活動の継続を困難にすることを示した[2]。

彼らは、15の大企業から40のプロジェクトを選び、各プロジェクトの複数人にインタビューを実施。プロジェクト・リーダーがイノベーションを生み出すために何を行ったかを調査した。対象となった業界は、化学薬品からパソコン製造業、金融やコンサル、木材や製紙工場など様々である。

彼らの結論はこうだ。

イノベーションを起こすのは「リーダーの個人的活動」の賜物であり、企業の組織的支援から創出されるわけではない。

リソースと連携の二つの観点から、彼らの調査結果を見ていこう。

① リソースはどのようにして得られたか
予算の大半は現在進行中の事業や計画されていた新規事業に分配されるため、新しいプロジェクトの予算獲得は容易ではない。計画外のアイデア実行のための財源はないわけではないが、製品化するまでの長い道のりを支えるほどの潤沢なリソースはない。

そのためアイデアを実現するために、発案者は個人的関係を利用しなければならない。他部署の友人や知り合いなどから予算の余りや、知識・機材などのリソースを借りながら開発を工面する。また仮に予算が約束されても、突然のカットや予算獲得に費やされる多大な労力と時間が商品化の障害となって創造性が失われることが分かった。

② 連携はどのように行われたか
アイデアが商品化するプロセスはリーダーの所属先のみでは完結せず、他の部署や事業所との連携や協力を仰がねばならない。しかし、部署や事業所は特定の機能や業務を果たすために組織化されている。そのため、指揮系統や業務目的の違い、人間関係の希薄さが部署間で顕著であり、グループを超えた作業は困難となる。

当然だが、各部署は優先順位の高い業務から順に時間を費やす。したがって、部署間を超えた依頼をプロジェクト・リーダーが相手のアジェンダにいかにねじ込むかが重要であることが明らかになった。


ドウハーティとハーディの研究は、既存事業に最適化された組織構造が、イノベーション活動に負の影響を与えることを示した。

組織的支援がなかなか得られない環境において自身のチームだけを見ていては、イノベーション活動を継続することは困難である。リーダーは、自身のチームの外と関係を育み、自分のチームは重要な活動を行っていると周囲に認識させ、新しい提案を実現できる守られた空間を組織内に作らなければならない。

「バウンダリー・スパニング」と個人的な人間関係

エクス=マルセイユ大学教授のセバスチャン・ブリオンらは、新規事業におけるリーダーの他部署に対する活動(バウンダリー・スパニング)の重要性に着目した[3]。

新規事業立ち上げには様々な非公式の外部支援が必要であり、その支援取り付けにリーダーの個人的な人間関係が鍵となる。彼らは製造業に的を絞り、73人の新規事業開発チーム・リーダーにアンケート調査を行った。その一部を紹介しよう。

① 他部署のメンバーとの心理的距離はどれくらいか
各リーダーは、自分と関わりのある他部署のメンバーを選び、各メンバーに対する心理的距離を五点法(1:遠い、5:近い)で評価した。挙げられたメンバーは複数人となるため、評価数値の平均がリーダーの他部署との心理的距離となる。例えば、リーダーが他部署のメンバーを三名を挙げ、5, 4, 5と点数をつける。これらの平均値4.67がこのリーダーの他部署との心理的距離となる。

② バウンダリー・スパニングの目的は何か
1) 情報を取得する
・市場トレンドを分析できる
・最新テクノロジーを分析できる
・課題に対する創造的解決方法を模索できる
・企業に蓄積された知見を取得できる

2) 政治的支持を取り付ける
・上層部から資源を獲得できる
・部署の決断を支持するように上層部に掛け合える
・組織の他の人たちがプロジェクトを支持するかを見極められる

3) チーム外の関係者と連携する
・納期を関係者と交渉する
・製品について関係者と話し合う
・関係者の意見を取り入れる

4) チームを守る
・チームが一杯一杯にならないよう外部からの仕事の依頼を阻止する
・チームの作業に邪魔が入らないよう外部からのプレッシャーを防ぐ

これら四つのバウンダリー・スパニングが新規事業に対してどう影響するかを検証するため、他部署からの重要な知識・情報獲得と、主観的な事業成功評価を測定した。

彼らの研究から着目すべき結果が二つある。一つは、他部署との心理的距離が高いほど(つまり心理的距離が近い)、リーダーの情報取得活動を向上させ、他部署からの情報獲得につながる。もう一つは、心理的距離は政治的支持につながり、新規事業の成功率を高める。一方で、残り二つのバウンダリー・スパニングの効果は確認されなかった。

このブリオンらの研究結果は、前述のドウハーティとハーディの研究結果と合致する。ルーチン化された業務と異なり、新規事業には様々な不確定要素が散らばっており、イノベーション活動を軌道に乗せるには他部署の支援が不可欠。つまり、イノベーションの成功のカギは、リーダーの個人的ネットワークなのである。

昇進・成功のための2つのネットワーク活動

ネットワーキングは重要だと言われるが、困ったことがある。例えば、誰とコネを作ればよいか。あるいは、他部署との交流会や上司の紹介などは実を結ぶかどうかわからない。かといって、たまの挨拶や会議での顔合わせ程度では、政治的支援を得られる関係には発展しないだろう。

これらの疑問の答えとなるのが、イェール大学准教授のフォレット・クロフォードと、ラトガース大学のドウハーティの研究だ[4]。彼らは、様々な業界に所属する418人にアンケート調査を行い、ネットワーキングの種類と結果(昇進や主観的成功)の関係を分析した。

その結果、昇進や成功に影響したネットワーク活動は、「専門的活動」と「ビジビリティ(認知・承認)を高める活動」であることが明らかになった。

専門的活動とは、社内報や業界誌への執筆、専門セミナーや大型コンフェレンスでの発表やパネル登壇などである。ビジビリティ行動とは、他部署や役員との業務や、他の人が避ける難しい業務など、人の目に留まる業務を積極的に引き受けることであった。

一方で、昇進や成功への影響が確認できなかった活動は、関係維持(感謝のメールを送る、他社の人とランチ)や、社交的関係(仕事後の同僚との食事、職場での小話、仕事関係の人とスポーツを行う)であった。

リーダーが意識すべきは、社内のビジビリティを戦略的に高めることだ。人の意識は限定的であり、よほど仕事を共にする相手でなければ、他者を深く理解することは難しい。

人の価値を精査できる時間は限られており、私たちは「目立つこと」を能力の高さと(良い意味で)誤解し、つながっておくべき人物と認知する。ビジビリティが高まれば、あなたの働きかけを相手は歓迎する。そして、あなたは成し遂げたいことに一歩近づけるのである。

リーダーの仕事は、支援者を見つけて関係を築くこと

ランダムにネットワークを広げるのもよいが、あなたには意中の人がいるはずだ。そのような相手が、何に困っているか、どうような支援が必要かを十分に理解し、たとえ見返りがなくとも欲するもの(金品ではない)を与えるべきだ。

ひょっとすると相手はあなたのことを勘繰り、裏があるのではと疑うかもしれない。しかし、与えることは関係を作るうえでは重要な第一歩である。

私たちの社会では互恵性が関係構築の規範となっている。貸しは返され、貸しの大きさに比例して返ってくる利益も大きくなる。たとえ貸しを返す責任がないとわかっていても、この規範の影響によって貸しは返されるのだ[5]。

見返りを期待して、貸しを半ば強引に与えると相手に嫌悪される。しかし、貸し借りが連続することで深い関係へと発達する。

あなたは忙しい日々を送っているだろう。自分自身の仕事がある。部下一人ひとりへのアドバイスや支援も行う。チーム全体を良い方向に導くことも求められる。

だが、リーダーとしてチームの創造性に貢献するには、チームの外と関係を結び、新しい活動ができる環境を準備しなければならない。イノベーション活動に対する組織的支援は期待できない。イノベーション活動をしやすい環境は、ただ待っていても生まれない。

あなたのチームのイノベーション活動の支援者は、いったい誰だろうか。

●参考文献
[1] 日本経済新聞 電子版「Mr.ホンダジェットの執念」2019.1.11
[2] Dougherty, D., & Hardy, C. (1996). Sustained product innovation in large, mature organizations: Overcoming innovation-to-organization problems. Academy of management journal, 39(5), 1120-1153.
[3] Brion, S., Chauvet, V., Chollet, B., & Mothe, C. (2012). Project leaders as boundary spanners: Relational antecedents and performance outcomes. International Journal of Project Management, 30(6), 708-722.
[4] Forret, M. L., & Dougherty, T. W. (2001). Correlates of networking behavior for managerial and professional employees. Group & Organization Management, 26(3), 283-311.
[5] Malhotra, D. (2004). Trust and reciprocity decisions: The differing perspectives of trustors and trusted parties. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 94(2), 61-73.

※ヘッダーは、Wilfried PohnkeによるPixabayからの画像

村瀬俊朗(むらせ・としお)
早稲田大学商学部准教授。1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。

画像4

連載:チームで新しい発想は生まれるか
新しいものを生みだすことを誰もが求められる時代。個人ではなくチームでクリエイティビティを発揮するには何が必要なのか? 凡庸なチームと創造的なチームはどう違うのか? 多様な意見やアイデアを価値に変えるための原則はなにか? チームワークのメカニズムを日米で10年以上にわたり研究してきた著者が、チームの創造性に迫る。

第1回:「一人の天才よりチームの方が創造性は高い」と、わたしが信じる理由
第2回:なぜピクサーは「チームで創造性」を生みだせるのか?
第3回:失敗から学ぶチームはいかにつくられるか
第4回:チームの溝を越える「2つの信頼」とは?
第5回:「新しいアイデア」はなぜ拒絶されるのか?
第6回:問題。全米に散らばる10の風船を見つけよ。賞金4万ドル
第7回:「コネ」の科学
第8回:新結合は「思いやり」から生まれる
第9回:トランザクティブ・メモリー・システムとは何か
番外編:研究、研究、ときどき本
第10回:あなたのイノベーションの支援者は誰か
第11回:コア・エッジ理論で、アイデアに「正当性」を与える
第12回:仕事のつながり、心のつながり
第13回:なぜある人は失敗に押しつぶされ、別の誰かは耐え抜けるのだろう。
英治出版オンラインでは、記事の書き手と読み手が深く交流し、学び合うイベントを定期開催しています。連載記事やイベントの新着情報は、英治出版オンラインのnoteFacebookで発信していますので、ぜひフォローしていただければと思います。村瀬俊朗さんの連載マガジンのフォローはこちらから。(編集部より)

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!