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「好き」を語る子どもであふれる未来は、私だけの夢ではなくなった(竹内明日香)

世間の「正しさ」にとらわれない、主観的な「好き」を表現することの重要性を探求してきた本連載。最終回となる今回は、公教育の現場に「話す力」を育む出張授業を届け続けてきた著者が今感じている手応え、課題、展望を語る。子どもたちが「好き」を言葉にできる社会に向けてのラストメッセージ。
著者:一般社団法人アルバ・エデュ代表理事 竹内明日香

子どもたちの「好きの言語化」をサポートしてきた思い

私は国際金融業務を行うなかで、自分の気持ちや考えを「言葉」にして「表現する」基礎的な力(=話す力)が、日本人は諸外国に比べて低いことを実感していました。

世界で通用する「話す力」を、これからの日本を担う子どもたちに身につけてほしい。

そう考えて、子どもたちを集めたプレゼンワークショップを始めたのが2014年。やがて、より多くの子どもたちに授業を届けるために、スタッフたちと日々教育現場へ赴くようになり、プログラムに参加してもらった子どもや若者の数は、未就学児から大学生まで延べ15,000人を超えました。

学校で実施するプレゼン授業では、実際に見たり調べたりしたことを大きな声で人に伝えるだけでなく、

「自分の意見は何か?」
「なぜそう考えたのか?」
「その結果、周りの人たちに伝えたいメッセージは何か?」

という「主観を言語化して人前で話す」ことに着目してきました。すると、子どもたちにとって「主観を言語化」するプロセスには高いハードルがあることに気付きました。

そこで、低学年の子どもにもわかりやすいように具体化し、本人の「好き」をプレゼンに導入してもらうようにしたのです。プレゼン支援の仕事をしているなかで、「力強いプレゼンには、話し手の『好き』という気持ちがあふれている」と気付いたからです。

この連載では、そんな「好き」をどうしたら言語化できるか? 「好き」が言語化できるとどんな素敵な世界が開けるのか? について探求してきました。


この活動を始めてから5年間、子どもたちにプログラムを提供してきたなかで様々な工夫を重ねてきました。

「席に座っていられない」「授業に心が向かわない」、そんな子どもたちをも惹きつけるプログラムを考えました。
蚊が鳴くような声の子も声を出せるようになる発声練習のステップも考えました。
パソコンを触ったことがなかった子たちも、曲がりなりにもスライドソフトでプレゼン資料をつくることができるようになりました。

こうした取り組みの甲斐もあってか、複数回授業に入った中学校では、一連のプレゼン授業の結果、プレゼン力の向上のみならず、一般教科の成績も上がったという効果が出ました。

これらの点では、満足のいく成果を上げられたと思います。

ただ、そんななかでもいくつかの壁に当たりました。

壁となったのは、先生方の「親心」だった

一つ目の壁は、個人の「好き」を語るプレゼン授業の導入について、その意義とやり方をご理解いただくのに時間がかかってしまうことです。

これは、現行の授業には「自分の考えを表現する」という課程がほとんどないことによるものです。国語の授業で問われるのは「子どもたちの考え」ではなく、「筆者の考え」や「主人公の考え」なのです。

また、この連載で見てきたように、そもそも「好き」を言語化することは難しく、ある年齢以上になると、よほど意識しないと気付いたら周囲をうかがった「正解」を探ってしまうことの方が多い。それに加えて、評価側の教員から見ても「正解か不正解か」という基準で見る方が楽なので、あえて子どもたちに「好き」を語らせることに対して反発もあります。

さらに、「好き」を語ることに成績などの価値判断が加わると、それはますます怖いものになるのだと最近実感しました。

私自身、今回の連載での「2,000字でイイタイコトを伝える」という経験は初めてで、それは思った以上につらいもので、半年間で2回も体を壊しました。編集の方々がうーんと腕を組んで黙っておられると「あれ? ダメ?」と焦ってばかりでした。

子どもたちに自分自身の「好き」について語ってもらうときの「どうしたらいいの?」という不安そうな気持ちに、もっと寄り添うことの大切さを自分の経験を通じて痛感したのでした。

私たちが当たったもう一つの壁には、実は先生方の「親心」もありました。

授業でのプレゼン時、「全員に完璧に話させたい」という先生方の善意によって、完璧な原稿が用意され、子どもたちはそれを手を伸ばして読みあげるだけ…そんな場面に出会ってきました。

「先生、これでは音読であってプレゼンではないのです。社会に出たら予定調和的に進むことは少なく、場面ごとに機転を利かす必要もあるのです」

こういう思いを理解していただくのには時間がかかりました。仮にその日は人前で上手に話せなかったとしても、そのプロセスにトライすることの方が大事なのではないかと私は思うのです。

それでも、活動を始めた5年前には多かった、「竹内さん、そんな表面的なスキルより内面が大事ですよ、日本人は」という反論は、新しい学習指導要領に「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」が導入されたこともあり、すっかり息を潜めました。そして、上記のような壁も、時間をかけて先生方と対話することで越えていけることもわかりました。

でもこのペースでやっていても、すべての子どもたちが話せるようにはならないのではないか。
授業を届けた先生から「一度も手を挙げたことがない子が繰り返し発言していて感動した」などというコメントをいただいて、自己満足に浸っていてはいけないのではないか。
私が寝ている間にも、国の力はますます弱まって、今の子どもたち世代の暮らしは悪化していくのではないか。

そのような自問自答をして、眠れなくなることも多々あります。

そんななか、この焦燥感に対して薄明かりが見え始めました。

「点」から「面」へ。地域を越えて鳴り始めた鼓動

最近、出前授業や教員研修で毎週のように地方に行くなかで、あることに気付きました。都内でも地方でも、学校の先生や自治体の教育委員会の方々のなかには、同じようなことをおっしゃっている方々がいるということです。

「このまま上からの改革を待っていてもこの国は変わらない」
「外部の力を入れていきながら、自分たちの手で子どもたちの学びを充実させたい」

私たちの取り組みがなかなか理解されないことに悩むことが多かった時期も経験したので、この気付きにハッとしました。それだけでなく、すでにそれぞれに素晴らしい実践がなされていることにも毎度驚いてきました。

このような熱い思いを持つみなさまと、地域や立場を越えて連携していけないものだろうか?
各先生、各学校、各地域で行われている先進的な取り組みをシェアしていけないものだろうか?

そう考えて、まずはメールベースで各地の先生と教育委員会の方々をおつなぎし、さらにはリモートで顔合わせをし、ついにはキックオフイベントとしてワークショップを開催することが決まりました。

これらの先生のなかには、「ビジネスの現場で必要とされているスキルと教育現場で行われている授業との間にはギャップがあるのでは」という問題意識のもとに、「社会に出てから必要なスキルは何か」という研究調査を開始された方もいらっしゃいます。

また、ある自治体の教育委員会若手からは、「実際に先生方が実践された授業のベストプラクティスが共有されるようなライブラリをつくれないか」という提案が投げ込まれ、みんなで議論を始めています。

私たちの組織だけで行っていた「点」の活動が「面」になっていく、その萌芽を感じています。


5年前に公民館でワークショップを始め、アルバ・エデュという社団を仲間と設立して、学校という公教育の授業に入って行うようになったこの活動。

それが今では、社団が考案したカリキュラムを大規模に導入するという決断をしてくださった自治体も現れました。教材や先生方向けのマニュアルが30もの学校に配布されることが決まり、我々が直接授業に入らなくてもこのメソッドに触れられる子どもたちが増えてきたのです。

これらの進展に加えて上述の連携チームが動き始めたことで、これからどんなことを起こしていけるだろう...そう考えると、高揚を隠せません。

同時に、チームの方々と毎日のようにやりとりするなかで、活動をますますブラッシュアップしなくてはいけないということも身に沁みて感じます。

「なぜこの授業が必要なのか」をしっかりと伝えられているか?
子どもたちが「話す力」を身につけた先に何があるのか?
より多くの地域の先生方に発信するためには何がカギか?

これらの問いにきちんと答えられるように、この活動に対する「好き」の気持ちを、私自身もきちんと言葉を磨いて伝えていくことが大事だとあらためて思うのです。

いつか日本中の子どもたちが堂々と「好き」を語れる日が来るように。
そのためにも、私たちも「好きと言える子どもたちがあふれる未来が好き!」と精いっぱい大きな声で叫べるように。
周囲をうかがって「正解」を探りそうになったら、「違う! 私が好きなのはこっち!」と、大人である私自身が力強く発言してお手本となれるように。

これからも子どもたちの話す力を高めるために、止まることなく前進していきます。


イベントのお知らせ

ついに最終回を迎えた竹内さんの連載『「好き」を言語化しよう』。これまでご覧いただきありがとうございました。連載完走を記念して、フィナーレとなるイベントを8/30(金)夜に開催します。竹内さんの活動に賛同するスペシャルゲスト2名をお招きして、本連載のテーマについて行政・ビジネス・教育などの様々な視点から深めていきます。ぜひご参加ください!

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≪竹内さんの今後の活動を知るために≫

●アルバ・エデュHP

●アルバ・エデュFacebookページ

≪連載紹介≫

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連載:「好き」を言語化しよう(フォローはこちら
道徳の教科化が始まり、「忖度」が流行語となる時代。善悪の判断や他人への配慮が問われる一方で、飛び抜けた活躍をする人たちはみな、自分自身の「好き」を表明し、徹底的に追い求めている。社会を動かすのは、正しさ以上に「好き」を原動力にしている人たちではないだろうか。
この連載では、国際舞台で戦う日本企業の発信を長年支援し、4年間で延べ15,000人以上の子どもたちに「話す力」を育む出前授業を行ってきた著者が、自らの「好き」を言語化する力の可能性を、プレゼンやチームづくりなどの様々な場面における効用を示しながら探る。

インタビュー:「話す」ことに苦労した子どもが、子ども向けプレゼン教育のプロになった
第1回:なぜ「好き」を語る子どもが「正しい」を語りたがる大人になるのか
第2回:「聴き手のため」を考え抜いたプレゼンは本当に強いのか?
第3回:プレゼンもキャリアも特別なものにできる、「好きのかけざん」の力
第4回:日本の20代の好奇心はスウェーデンの60代並み!?
第5回:「不得意だけど好き」と「嫌いだけど得意」はどちらが強いのか
第6回:強いチームは「苦手」を克服させない
第7回:勢いのある企業が社員の「得意」よりも大事にしていること
第8回:なぜ結婚式の主賓スピーチはつまらないのか
第9回:人に刺さり、人が集まる「S字の自己紹介」
第10回:日本で起業家が少ない、見過ごされがちなもう一つの理由
最終回:「好き」を語る子どもであふれる未来は、私だけの夢ではなくなった
編集後記:「話す力」は本人だけの問題ではない。取り巻く環境をどう変えていくか

≪著者紹介≫

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竹内明日香(たけうち・あすか)
一般社団法人アルバ・エデュ代表理事。株式会社アルバ・パートナーズ代表取締役。
東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャル・グループ)にて国際営業や審査等に従事。(株)アルバ・パートナーズを2009年に設立し、海外の投資家向けの金融情報提供や、日本企業向けのプレゼンテーション支援事業を展開。さらに、子どもたち・若者たちの話す力を伸ばすべく、2014年に(社)アルバ・エデュを設立、出前授業や教員研修、自治体向けカリキュラム策定などを精力的に行っている。2019年3月現在、延べ150校、15,000人に講座を実施。2014年、経済産業省の第6回キャリア教育アワード優秀賞受賞。2018年、日本財団ソーシャルイノベーター選出。日本証券アナリスト協会検定会員。

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